定年物語第二章 そもそもこの頃コロナがあって


 ここでいきなりお話の時間軸をちょっと過去に飛ばさせていただく。

 正彦さんが定年になったのが、そして、死にそうになって(いる訳ではないんだが、正彦さんの主観的には)耳鼻科に駆け込んだのが、二〇二〇年七月一日。
 そして、この前の年。
 二〇一九年の年末に、中国で、今では〝新型コロナウイルス〟って呼ばれている感染症が発生した。そしてこれは、もの凄(すご)い勢いで全世界に広がり......二〇二〇年一月、WHOは緊急事態宣言を出した。
 ただ、これは、この時の陽子さんと正彦さんにとって、まったくの対岸の火事。まあ、お隣の国で、なんか大変なことが起きているみたいだなあっていう程度の認識。
 けれど。
 二〇二〇年二月に、日本でもダイヤモンド・プリンセス号事件というものが起きる。これは、豪華客船の中でこの病気が発生してしまったってもので......。(日本に寄港することになった、患者さんがいる、この船の乗客をどうするのかっていう話になったのだ。)
 ここで。初めて。
 コロナウイルスっていうものが話題になり......陽子さんは、とても、嫌な気持ちになる。 だって、コロナウイルスって、基本、風邪のウイルスだっていうじゃない。
 ものが、〝風邪〟だ。
 最悪だ。

 いや、風邪って、誰だってひいたことがある、ま、寝てりゃ治る病気なんだよね。陽子さんだって正彦さんだって、今までの人生で、風邪をひいたこと、一回や二回や三回じゃなく......桁(けた)が違う数で、あったよね。
 だから、嫌だ。
 だって。逆説的に言うのなら......寝てりゃ治る病気だってことは、風邪には積極的な治療法がないってことになるじゃない。(積極的な治療法があれば、〝寝てりゃ治る〟ってことにならないだろうから。)
 そして。風邪は、令和、平成、昭和だけじゃなく、大正も、明治も、江戸も......もっとずっと前から、日本にはあった病気なんだよね。というか、いつだって日本の普通のひとが普通に生活していると、普通にかかる、そんな病気。なのに、治療法が、〝寝なさい〟。
 そんな、〝風邪〟。
 今までは。たいしたことがない病気だからって無視していたんだけれど......もし、これが、〝たいしたことがある〟病気になってしまったら......これ、どうしたらいいの。
 もし。もし、この病気が、本気でひとを殺すつもりになったのなら......これ、すっごく......嫌だ。
 で。
 実際に、コロナウイルスは、ひとを殺すつもりになったらしい。(いや、ウイルスを擬人化してはいけないとは思うんだが。)
 結果として、おそろしい数の死者が出た。
 日本でも、緊急事態宣言が出た。
 それが、二〇二〇年四月七日。
 ただ。
 この頃は、まだ、日本ではそんなにこのウイルス、おそろしいことになっていなかった。(とんでもない数の死者が出たのは、この時は、まだ、外国のこと。)
 それより前に。
 日本のひとは、まだ、まったく、この事態に対応ができていなかった。

       ☆
 とにかく。
 緊急事態宣言が出た。
 緊急、なんである。
 こんな宣言。
 多分、陽子さんは、それまでに聞いたことがなかった。
 だから、本気で対応しようと思った。(そして、日本のひとは、おそらくは、みんな、そう思った。)

 建物は換気しろって言われた。窓を開けろ、と。
 それから、ソーシャルディスタンスをとれ、とも、言われた。ひとと、二メートルの距離をとれ、と。
 また、〝密〟になってはいけないって言われた。四、五人以上、集まるな、と。

 とはいうものの。
 言われたひとは......これ、どうしたらいいの。

 換気は、まあ、できる。家の窓を開けることはできるし、お店やオフィスの窓を開けることもできる。
 ただ。これにも問題があった。正彦さんは、もう十年以上花粉症をやっており(それも、一回入院して鼻腔(びこう)を焼くような手術をして、それでもまだ花粉症の症状がちょっとはあるっていう状態だ)......花粉が飛んでいる時期には、そもそも、大島家では窓を開けないのがデフォルトになっていたのである。
 けれど。緊急事態宣言が出た。換気しなきゃいけない。だが、時期は、まさに花粉まっさかりであり、大島家では、それまで何年も、「この時期は絶対に窓を開けない」を実行していたのだ。洗濯物だって外には干さない。
 だから......この状況下で「窓を開ける」って方策はどーかなーって、陽子さんとしては思わずにはいられなかった。実際、窓、開けてみたら、花粉的な問題ですぐに正彦さんから抗議がきた。まあ、それは、「緊急事態宣言だから」って陽子さんはいなしたのだが......正彦さんのような、花粉症を患っているひとにしてみれば、この時、何がどうなるのかまったく判らないコロナなんてウイルスの為に、窓を開けて換気をするのは辛かったんじゃないかと思う。(けれど、花粉的な意味で、正彦さんがあんまり辛そうだったので......なし崩しに、これは、やらないことになった。今でも、花粉の時期は、大島家、換気をしていない。だって......無理、なんだもん。それに、家の総人口二人だ、どっちかが感染したら、もう片方も運命共同体になってるだろうって気もしていた......。)

 そして、それ以外は。
 確かに。やってやれないことでは......ない。
 物理的に可能か不可能かって聞かれれば、可能ではある。
 ただ。それが、常識的に可能かって言われると、そこの処がまた謎な訳で......。

 まず。
 ソーシャルディスタンスを、とること。
 これは不可能ではない。というか、やればできる。
 けど......常識的に言って、他人と二メートルの距離をおいて、そして、ひとづきあいをしろっていうのは......えー......無理、である。
 いや。やってできない訳ではないんだけれど......その......常識的に言って無理。

 翌年。子供が遊ぶ公園なんかには、二メートルを示す表示が出た。
 片方に表示があって、二メートル離れた処に、もう一つの表示。そして、その間に、「お友達と遊ぶ時にはこれだけ離れてね」っていう表示が出ている。
 これはもう。
 言葉で〝ソーシャルディスタンス〟って言われていた時にはよく判らなかったんだけれど、実際に二メートルを目で見て判る距離で示されてしまえば。
 こ......こ......これは、凄い。二メートルって、こんな距離か。いや、他人同士がこの距離をとることは別に不可能ではないんだが......友達関係で、これは? 特に、子供にとって、これは?
 無理、で、ある。
 ......こんだけ離れると、それはもう、子供にとって、一緒に遊んでいると言える状況ではないのではないかと......。陽子さんにしてみれば、そう思うしかない。うん、こんだけ離れてしまえば、この二人、どうやって一緒に遊ぶんだ? というか、遊んでいるのか、それ?
 まず間違いなく、この距離では普通の会話での意思疎通はできない。怒鳴(どな)りあうしかない。内緒話も、いろいろ話しながらくすくす笑いあうことも、しゃべりながらお互いをつっつきあうことも、お互いの表情を見合うことも、この距離ではできる訳がない。
 そして、距離的に〝怒鳴りあう〟以外では意志疎通ができない二人の子供が、ぽつんぽつんとそこにいたのなら、これは、〝一緒に遊んでいる〟とは言えないと思う。
 それにまた、これは、子供でなくとも、世間話なんかまったくできない距離なんである。中学生や高校生の女の子が遊んでいる時は、ま、大体おしゃべりをしているケースが多いので......二メートル離れたら、それは、無理。大人はもっと無理な訳で......いや、まさか、怒鳴りながら世間話する訳にもいかないし......。
 本気で、この時の日本政府は、これを推奨していたんだろうか? これは、〝人づきあいは基本的にやめましょう〟っていう距離だとしか思えない。

 〝密〟になってはいけない。
 これはもう、四、五人以上、集まってはいけないっていうことだよね。
 ソーシャルディスタンスをちゃんと守れば、子供達がおしゃべりすることはできない、大人だって普通の世間話なんでできない、ここに、〝四、五人以上集まってはいけない〟って文言が加わるとなると......ああ、もう、これは。

 かんっぺきに。

 この時、日本政府は、〝人づきあいをやってはいけない〟って言っているんだと、陽子さんは思った。実際に......それ以外の解釈なんて、できないんじゃないの?

 まあ、でも。
 緊急事態宣言である。
 それまで聞いたことがない宣言である。
 だから、大抵の日本人は、これを守ろう......って思ったのかどうか判らないけれど......何とか、これに準拠しようと、思った......らしい。

 結果。
 凄いことが起こった。

       ☆

 陽子さんと正彦さんの家は、かなり大きな公園の近くにある。そして、大島家の寝室の窓は、その公園の飛び地のような、ちょっと小さな公園に面していて......。
 二〇二〇年、四月末。まだ正彦さんは会社に通っている、そして、緊急事態宣言が出た、そんなゴールデンウィークのある日。

 ばすん、ばすん、ばすん......って音で、陽子さんは目をさました。
 え......あれ、何?
 あれ。
 どう考えても......〝誰かが何かを殴(なぐ)っている〟、そんな音......だよ、ね?(意外なことに。ひとが何かを殴っている音って、聞いただけで〝それ〟と判るのだった。初めて聞いた音だったんだけれど、陽子さんはそれが判ってしまって、むしろそれで驚いた。)
 陽子さんが隣のベッドにいる正彦さんに視線を送ると。
 すでに、ベッドから出ていて、窓のそばにいた正彦さん、陽子さんにちょいちょいって手を振る。そして。
「見てみろよ、陽子、キックボクングだよ」
「......はい?」
「凄い音がしてるなーって思ったら、これ、キックボクシングの練習なんだ」
「......って、何だって、こんな処で」
 窓から見てみたら。確かに、両手にプロテクターを嵌(は)めたひとが、攻撃しているひとのパンチやキックをプロテクターで受けていた。その音が、ばすん、ばすん、ばすん。
「多分、換気の問題や密を避ける問題で、それまでの練習場ではこれができなくなったんだろ。で、公園で練習をやっている。......ま、公園なら、野外なんだから、換気は問題がないだろうし、二人で練習しているんだから密になる訳でもない」
 ......ま......そりゃ......公園で散歩や何かをしている普通のひとは、キックボクシングやっているひとの側には近づかないだろうから......密にはならない、だろうけどね。
「だからって......いや、このひと達が悪いとはまったく思わないんだけれど......けど......」
 けど、ね。
 だからって、何で私、人が人を殴る音で起こされなきゃいけないのだ。これは......ちょっとあんまりだって気も......しないでもないんだけれど。
 と、言うか。キックボクシングの練習って、普通、公園でやっていいものなのか? それはなんかちょっと違うような気がしないでもないんだけれど......でも、屋内でできないのなら、屋外でやるしかないのか。
 まあ、でも。
 真面目にキックボクシングをやっている方が、あの〝緊急事態宣言〟を真面目に受けたら......それは、こういう手段にでるしかないよな。
 そう思うと、陽子さんは、軽くため息をついた。

 この状況は、正彦さんと陽子さんが散歩に出た瞬間、もっと凄いことになった。
 正彦さんも陽子さんも、持病がある身。で、どちらの病気も、お医者様から定期的にちゃんと運動することを推奨されていて......だから。今までは、スポーツクラブに通って運動をしていたんだけれど......さて、只今の状況で、スポーツクラブって、どうなんだろう。
 換気をしてくれているかどうかは、利用者である正彦さん達には判らない話なんだけれど(当たり前だが換気はしていてくれたらしい、いや、もっと積極的に、新しい換気システムを導入したり、いろいろやってくれていたらしい......ということを、あとから、しばらくぶりにこのスポーツクラブへ行った陽子さんは、掲示なんかで知った)、他人と二メートル離れろっていうのはなあ......これは、マシンを使う時でも、クラスに出る時でも、無理、だよね。(かなりのち。このスポーツクラブに行ってみた時、ランニングマシンの間には、パーティションが作られていて、しかも、並んでいるランニングマシンは、一つおきに使用不可になっていた。できるだけ隣接しないように、スポーツクラブの方でも考えてくれていたらしいんだよね。......でも、二メートル離れるのは......物理的に無理。ランニングマシンを一個おきにしか使えない、そういう状況にしても、ここまでやっても、まだ、ランニングマシンは、二メートル離れていない。それに、大体、すべての筋トレをやっているマシンは、そもそも一メートルも離れた処に設置されていない。もっとずっと接近している。)
 だから。
 とりあえず、暫定的(ざんていてき)に、スポーツクラブへ行くのは、なし、でしょう。(と、利用者のみなさまが思ったせいか、あるいは、国か都の要請に従ったのか、このあとしばらく、このスポーツクラブは休業した。)
 とすると。
 とにかく、歩くしか、ない。
 ということは、散歩か?

 そう思った正彦さんと陽子さんが散歩に出た瞬間......。

「おおおおおおっ!」
 と、言うしか、ない。
 正彦さんと陽子さんの家は、大きな公園の近所にある。
 だから、散歩しようと思った時、正彦さん達は素直にこの公園を目指したのだが......。
「何だってこんなにひとがいるんだ!」
 と、しか、言いようがない。
 緊急事態宣言が出された時。
 誰もがみな、どうしていいのか判らなかったらしい。
 だからか。
 みんな、多分、思ったんだよね。
 運動はしたい。
 ソーシャルディスタンスはとるべき。
 密は避けなければいけない。
 と、なると。歩くのなら、ひとがそんなにいないであろう公園を。
 みんながそう思ったなら。結果として、どうなったのか。
 公園が、もの凄い人だかりになってしまったんだよおっ!

「......凄いな」
 こうとしか正彦さん、言いようがない。
「こりゃ......はっきり言って駅前の商店街より、ひと、いないか?」
「いる。どう考えても普段の商店街よりこっちの方がひとが多い」
「......じゃ......他のとこに、行く?」

 で、正彦さんと陽子さんが行ったのは、自宅からちょっと遠くを流れている川。こっちも、普通だったらまずひとがいない筈(はず)の処だったんだけれど......。

「何だってこんなにひとがいる訳? しかも、殆(ほとん)どのひとが走ってる」
 呆然としている正彦さんをよそに、陽子さんは、カウントを始める。
「一、二、三、四五、六、七......」
 おお、カウント、続く続く。四五とか、カウントが連続しているのは、二人が一緒に走っている時。
「八、九十、十一、十二......凄いな、あっという間に二桁にいっちゃった。マラソン大会やってる訳でもないのに、多分、まだ、一分もたっていないのに。なのに、何だってこんなに走っているひとがいる訳? 数えるの、途切れもしない」
「んー......じゃ、やっぱり、川辺もやめとこう」

で、二人は逆に、むしろ駅を目指してみる。すると。

「......どういうことだ、駅に向かう道の方が、はるかにひとがいない......」
 そんな事態になっていたんだよね。
「ここから商店街が始まるんだけれど......なんということでしょう、公園の中や川辺より......はるかにひとがいない......」
 おそろしく閑散(かんさん)としている商店街。これで、店はやっていけるのか? いや、スーパーとか、薬局とか、〝買わなければならないもの〟があるお店には、確かに数人のひとがいる。けれど、それ以外のお店は......特に、食事をするお店なんかは......。
「この時間帯で、外から見て、まったく客がはいっていないっていうのは......」
「......すっげえ......まずい、ん、じゃ、ないのか?」
 まずいのである。まずいに決まっている。
 でも。
 緊急事態宣言なんてものが出て、よく判らないけど、他人から二メートル離れろ、密になるなって言われた一般人は、とりあえず、こうするしか、なかったんだろう。

 で、ここで。
 正彦さんと陽子さんは、真実に気がつく。
「あのさあ、そもそも、散歩なら、どこ歩いたっていいんだよね」
「おお。ここを歩けっていう散歩は、そもそも、ない」
「んで、練馬の住宅街って、駅前とか商店街なんかを除くと、そもそも、歩いているひと、あんまりいないよね」
「だよ。だからおまえがいつも困っているだろうが」
 そうなんである。陽子さんというひとは、かなりの頻度(ひんど)で迷子になるひとであり、彼女が迷子になった時、いつだって頼りになるのは他人。その辺を歩いているひとに道を聞いて、それで陽子さん、何とか日常生活をおくっていたのだ。
 だが、それは、新宿とか渋谷とか、そもそも、ひとが沢山歩いている場所での話。
 陽子さんが普段歩いているのは、練馬の住宅地であり(練馬在住だからね)......ここは、駅前、商店街なんかを除くと、ほぼ、ひとが歩いていないのである。どんなに道を聞きたくても、そもそも歩いているひとがいないとなると......道を聞けるひとがいない。まさか、その辺の民家のインターホン押して、「すみません、ここはどこですか」って聞く訳にもいかず......これで、いつだって陽子さん、困り果てていたのだが......。
「ということは、下手に〝ひとがいないであろう公園〟や、〝ひとがいないであろう川辺〟なんかに行かないで、普通に練馬の住宅地を歩いていれば......」
「まず、ひとには会わないわな。それでいつだっておまえは困っていたんだから」
「だよね。ということは」

 そして、正彦さんと陽子さんは、練馬区民にとっての、コロナ状況下における、正しい散歩のやり方に気がついた。
 ただ、普通に、ただ、練馬の道を歩けばいいだけなのである。
 うん、これで、ほぼ、ひとに会わないで済むんだから。そもそも、練馬の普通の道は、歩いているひとがあんまりいないんだから。

 この後。
 この二人は、ゴールデンウィークの間中、練馬をずっと散歩した。
 とは言うものの、無目的にその辺を歩きまわるのは、歩きまわり続けるのは......気分的にちょっと辛かったので......。
「今日は、吉祥寺まで歩いてみよう」
「今日は保谷(ほうや)」
「今日は東久留米」
 駅、ひとつ、歩くんではない。練馬から吉祥寺って、そもそも電車が通っていない。そういうところであっても......歩く気になれば、一時間や二時間もあれば、たどり着けるのだ。
 これをやっている間に、ゴールデンウィークは終り、そして、正彦さんは、何か達成感を覚えた。
 というのは。
 以前、東日本大震災があった時。正彦さんは帰宅難民になってしまい、山手線の内側から練馬の自宅まで歩いて帰ったことがあったのだが、この時、正彦さんは、あんまり困らなかった。何故かというと、彼は、この辺の道、歩き慣れていたから。
 いつか、東京直下型地震があるかも知れない。
 そう思っていた正彦さん、休みの日に、時々、山手線内の会社から練馬への電車が出ている池袋まで、また、池袋から陽子さんの実家がある江古田まで、江古田から当時正彦さんが住んでいた中村橋まで、何回も何回も歩いたことがあったから。そして、中村橋から、今の正彦さんの家までは、引っ越しする前、陽子さんが何回も歩いて通っていたのだ、正彦さんも何回も歩いていた。
 都内で。帰宅難民になり。会社から、今の家まで歩いて帰ってくることになった正彦さんは、この時、まったく慌てなかった。だって、会社から池袋まで、池袋から江古田まで、江古田から中村橋まで、中村橋から今の家まで、何回も何回も、正彦さん、歩いた経験があるんだもの。そして、この全部を接ぎあわせれば、それは、会社から自宅までってことになる。帰宅難民になった瞬間、正彦さんは、「ああ、四時間か五時間歩けばうちに着けるか」って、経験として判っていたし、道も全部判っていた。
 で、その伝で言えば。
 これから先、もし、直下型地震があったとしても。
 交通網がまったく分断されてしまったとしても。
 正彦さんは、多分、阿佐ヶ谷にも吉祥寺にも東久留米にも歩いていける。そんな経験を、散歩している間に、積んでしまった。(......まあ......同じ経験をした筈の陽子さんは......間違いなく、どこへも行けないだろうけれどね。――方向音痴だから、道がまったく判らないから――。けれど、陽子さんだって、それらの街が、歩いていける距離であること、迷子にさえならなければ歩けることを、感覚的に納得している筈だ。)
 これはまあ......この、コロナ騒動で、ちょっとよかったこと、かな。

 それから、また。

 運動をしなきゃいけないって思った陽子さんは、とりあえず正彦さんと一緒に歩いていた訳なんだが......それ以外のことを考えていなかった訳ではなかった。
 うん。
 今の処は、正彦さんと一緒に歩いているけれど、それ以外の〝運動〟も、ある、かなって。もっとちゃんと〝運動〟をしなきゃいけないかなって。
 けれど。
 陽子さんのこんな思いが、陽子さんの心の中で明文化される前に、正彦さんは、まったく別種の〝運動〟を始めたのだ。
 屋上で、ゴルフクラブの素振りを始めたのである。
 陽子さんは、実は、ゴルフがあんまり好きではなかったので(いや、ゴルフ自体に文句がある訳ではない、ただ、会社勤めをしている正彦さんが折角の土日に、〝ゴルフ〟って言って出かけてしまい、普段だったら夕飯になる時間をすぎても帰ってこないこと、これに文句があったのだった)、正彦さんのこの〝運動〟に納得ができなかった。だから、言ってみた。
「ねえ......旦那、素振りって、それ、運動になっているの?」
 だって、ゴルフクラブを振っているだけ、だよ、ね? これ、本当に運動になっているんだろうか。(いや、なってます。)
 これに対して、正彦さん、平然と。
「なっている。まして、やっているのがうちの屋上だ、他人なんてひとりもいる筈がない。ソーシャルディスタンス守れて、密になる訳もない、これは素晴らしい運動なんじゃないのか?」
 いや、まあ、〝ソーシャルディスタンス守れて、密にもならない、だからこれは素晴らしい運動だ〟っていう処には......陽子さんも、文句を言う気はない。
 けど、これは本当に〝素晴らしい運動〟なんだろうか?
 そこの処には、陽子さん、文句はなくても疑問はあり......。
 そんなことをぶちぶちと陽子さんが思っていたら、いきなり正彦さん、こんなことを言ったのだ。
「そう思うのなら、陽子も俺と一緒に屋上で運動しよう」
 って!
 一緒にゴルフの素振りをするのは嫌だって、陽子さんは思った。
(以前、一回だけ、陽子さんは正彦さんと一緒にゴルフコースに出たことがあった。その時、一緒にコースを回ったのは、妹夫婦だったので、ま、多少の迷惑をかけても許してもらえるかなって思ってもいた。けれど......その時の思い出が、最悪。陽子さんが打つと、ゴルフボールはとんでもない処へ行ってしまうのが常であり、まず、グリーンの方へはいかない。んでもって、やっと、やっとのこと、ボールがグリーンに乗ったと思ったら。
 今度は、その後が、〝最悪のあとにも最悪を重ねる〟ものになったんだよね。うん、十二回、打っても、陽子さんのボールはカップに沈んでくれなくて......十二回目で、「もうこれはOKってことにしよう」って、その時一緒にゴルフをやっていた妹夫婦が言ってくれて、これでやっと、陽子さん、このラウンドをクリアすることができた。ということは、妹夫婦がこう言ってくれなかったなら、いつまでも陽子さんは、グリーンの上をうろうろしていたことになった筈なんだよね。その後についても、ほぼ、〝以下同文〟。そんな思い出があったので......陽子さんにしてみれば、ゴルフって、天敵以外の何物でもないっていう話になる。)
 したら、正彦さん。
「別にゴルフの素振りじゃなくても、屋上でできる運動ってあるだろ? 例えば、縄跳びなんかどうだ。あれ、ボクサーが練習としてやっているんだ、それなりの運動量はある筈だろ?」
「え......え......いや、だって、うちには縄跳びの縄なんてないし」
 これは、消極的に陽子さん、〝縄跳びなんてしたくない〟って言っているんだが、そんなことにまったく気がついていないように、正彦さん。
「多分、縄跳びの縄、百円ショップで売っていると思う」
(実際に売っていた。そして、正彦さんは、これを買ってしまった。)
 と。こうなってしまえば。これはもう陽子さん、縄跳びをやってみるしかない。
 そして、やってみたら......。
 陽子さん、はるか昔のことを、思い出してしまったのだった。
 そうだ、昔、まだ、陽子さんが大学生だった時のことを。
 あの時。
 陽子さんの友達で、教職過程をとったひとが、悩んでいたのだ。
「教職の試験に、縄跳びがあるの。それが大変で......」
 え? これ、陽子さんには、とっさに意味が判らない。
「何で、先生になるのに、縄跳び?」
「小学校の先生って、みんな教えなきゃいけないじゃない。美術や音楽もだけれど、体育だって、小学校の先生はやらないといけないんだよ」
 今はどうなっているのか判らないんだけれど。確かに、陽子さんが子供の頃は、専門分化なんてなかった。だから、担任の先生が、すべての教科を担当していた。ということは、陽子さんの大学生時代、教職をとった学生は、すべての教科を教えることになるのが前提だった。確かにそれは、そうだった。
「体育を教える為にはね、ある程度、連続して縄跳びができなきゃいけないの。だから、その試験があるの」
 聞いた時は、陽子さん、ああ、それはあまりにも大変だよなーってしか思わなかったのだが、だが、今! 今、陽子さんは、実感した。
 あの時の教職試験で。
 彼女は、一体何回連続して縄跳びをすることを義務づけられていたのか?
 それはまったく判らないんだけれど。
 同時に、判ることも、あった。

 その、判ること。
 それは、私には、〝無理〟だあっ!
 この一言に尽きる。
 確かに、昔は私、二重跳びとか、できたと思う。十いくつの頃は。でも、今は、無理だっ。というか、今では、昔できた筈の、二十回連続して、縄を跳ぶのが無理! 無理、無理、無理!
 そうだ、還暦を控えた人間に、縄跳びを要求するなあっ!
 あまりにも、大変すぎる。

 この経験があったので、陽子さんは、屋上で正彦さんがゴルフの素振りをするのを黙認するようになったし......自分が、屋上で〝運動〟をすることを、できるだけ避けるようになった。

       ☆

 このコロナ騒動で。陽子さんには、不思議に思ったことが、二つ、あった。

 まず。
 これは不思議でも何でもないんだけれど......マスクが品薄になったこと。そして、マスクの価格が高騰した。
 これ、最初のうち、陽子さんにはまったく意味が判らなかったのだ。
 いや、だって、コロナって、ウイルスだよね?
 あの......ウイルスを防御するのに......マスクって、必要? と言うか......ウイルス防御にマスクって......何か、意味、あるの?
 これはもう、まったく必要だと陽子さんは思わなかったので、何でみんなが、マスクを買いに走るのか、最初のうちは、陽子さんには判らなかった。
 でも。
 みんながマスクをしている方が感染のリスクが低くなる、そんな話を沢山聞いて。陽子さん、はっと気がつく。
 そうか。
 マスクは、確かにウイルスの防御にはあんまり意味がない。でも、咳をしているひとがマスクをしてくれてさえいれば、ウイルスが一杯いる唾を飛ばすのを妨げる、そんな効果は、確かにあるんだ。ということは、多くのひとがマスクをしていれば、それだけで社会全体の感染リスクは低くなる?
 そうか。
 マスクって、自分が感染しない為にしているものではないんだ。自分がウイルス保菌者だった場合、他人を感染させない為にやっているものなんだ。
 瞬時、陽子さんは感動した。
 凄いな、日本。なんて優しい社会なんだ。マスクって、マスクって、あれは、ひとの為にやっているものなんだ。ひとを感染させない為に、だから、日本のみんなは、マスクをしているんだ。
 これが判ったので、この時から陽子さん、できるだけマスクをしようと思った。少なくとも、室内なら。
 そしたら、その時、マスクは全国的に品薄になっていて、しかも、マスクの価格が上がっていて......。
 この後。
 マスクを買い占めたり、高く売ったりしているひとの話を聞いて......陽子さんは、また、思った。
 凄いな、日本。なんて酷(ひど)い社会なんだ。

 それから。
 いきなりトイレットペーパーが店頭から消えたことがあった。
 これは、陽子さん、ほんとに驚き。
 いや。
 昔から。
 何かあると、日本人はトイレットペーパーを買い占めに走るみたいなんだけれど......それは、何で?
 実際に、大島家でも、トイレットペーパーの数が少なくなり、そろそろ尽きるっていう状態になり......。
 ただ。この状態になっても、陽子さんは平然としていた。何故かというと、大島家のトイレには、ウォシュレットがあったから。

「トイレットペーパーがなくなったら困る......」
 っていう正彦さんに、陽子さんは普通に。
「大丈夫。その時は、トイレにティッシュペーパーの箱、置くから」
「いや、だって陽子、ティッシュってトイレに流したらいけないんじゃないのか? そんな話、俺は聞いたことがあるんだけれど」
「うん。ティッシュは、絶対に、トイレに流さないでね。下手するとトイレが詰まるから」
「なら、トイレにティッシュおいて、どーすんだよっ!」
「その時は、トイレにゴミ箱おくから。使ったティッシュは、トイレに流さないで、ゴミ箱にいれてください」
「って、そんなのっ! 臭(にお)うだろうっ! すっごいことに」
「なりません。だって、うちにはウォシュレットがあるんだよ。あれでちゃんと洗えば、トイレットペーパーって、ほぼ、洗い終えた後の水分を拭く為だけに使うことになるでしょ、なら、そんなに臭わないって」
「......え......え......そんな、話、なの? それで、いいの?」
「うん。いいと思う」
「......いや、ちょっと待て! トイレットペーパーが市場から消えているんだ、そのうち、ティッシュペーパーだって消えるっていう話になるんでは?」
 こういう考え方も、当然、ある。
「うん。私も、それが、怖い。けど......そもそも、何だってトイレットペーパーが市場から消えるの」
「......んなこと......俺が知るか」
「で、ティッシュペーパーなんだけど、未だに、駅前では、ポケットティッシュを配っているんだよね。今日も私は、それを貰ってきました」
「あ......おまえ、そういうの、よく貰ってくるよなあ」
 そうなのである。陽子さんは、何か配っているひとがいたら、両手がふさがっていない限り、必ずそれを受け取る。それはまあ、陽子さんが〝卑しい〟、〝貰えるものはすべて貰ってしまいましょう〟って思っている、という言い方もできるかも知れないけれど......それより前に。
 配っているひとは、「これが仕事なんだから」って、陽子さんが思っている、という要素も、ある。うん、仕事で配っているんだもの、これを受け取ってあげないと、多分、このひとは、困る。(陽子さんが、こう思って、すべてのものを〝受け取って〟いる。その証拠として......陽子さんは、受け取ったものに、何か書いてあったら、すべて、それを読む。ま、大体の場合、それは陽子さんに読まれたあと、そのまま素直にゴミ箱へ行くんだが、それでも、読むといえば読む。一応、これで、陽子さんにしてみれば、ティッシュを受け取った〝義理〟を果たした気持ちになっているのである。)
「んで、まあ、ポケットティッシュを配っているひとがいる限り、ティッシュは何とかなるんじゃないの? ほんとにティッシュボックスの中のティッシュがなくなったなら、今まで貰ったポケットティッシュをばらして、ティッシュボックスの中に詰めればいいだけの話なんだし」

 実際、何とかなった。

       ☆

 と、まあ。こんなことを。
 陽子さんと正彦さんが繰り返している間に、時間は進み。
 正彦さんは、なかなかテレワークが進まない会社に勤めつつ、そのうち六十一歳になり、仕事をやめることになった。陽子さんは、正彦さんの定年を心から喜び。
 そして、今に至るのだが。

       ☆

 また。
 翌年、陽子さんの御近所の公園には、張り紙がでた。
 これは、お花見を禁止するようなものでは、なかった。
 でも......。
 この〝張り紙〟が言っていることは。勝手にかいつまんで解釈すると。
「お花を見るのはOKです。どうぞお花見、やってください。ただし、お花の前で立ち止まることは止めてください、また、レジャーシートなんかを敷くのは止めてください。また、公園での飲食は絶対に止めてください。」
 ほぼ、こんなことに......尽きる。
 ......こ......こ......これは。
 多分、この条件を守ってできることは......日本古来の〝お花見〟とは、言えないよね。 だけど、まあ、直接お花見を禁止している訳ではないので。
 こういうお茶の濁(にご)し方もあるのか。

 また、のち。
 この公園には、いろんな張り紙が出た。
 陽子さんにとって、一番笑えたのは、これ。

『公園の中では服を着てください』って意味のもの。

 これ、何かって言えば。

 この後、夏はひたすら暑くなってしまい、でも、コロナのせいで、なかなかひとは海にいけない。だから、きっと......公園で、上半身裸になってしまい、日光浴をしたひとが......いたん、だろう、な。それもおそらく、ひとりやふたりじゃないレベルで。で、それに対する抗議があって、それで、こんな張り紙になったんじゃないかと、陽子さんは思う。

 コロナに対応している一般民衆も大変なんだが......こんな張り紙を見ている限りでは、行政の方も、まあ、大変なんだろうなって......ちょっと、陽子さんは、思った。
(公園でキックボクシングの練習はしないでくださいっていう意味の張り紙は、結局、出なかったんだけれど、気がつくと、公園でのキックボクシング練習は、なくなっていた......。)
   
(つづく)

定年物語

Synopsisあらすじ

陽子さんは、夫・正彦さんの定年を心待ちにしていた。正彦さんが定年になって、家にいるようになったら……家事を手伝ってもらおう! 共働きにもかかわらず、激務で疲労困憊の夫には頼みづらかった家事。でも、これからは。トイレ掃除、お風呂掃除に、ご飯の後の洗い物、それから……。陽子さんの野望が膨らむ一方で、正彦さんもひそかに野望を抱いていた……。『銀婚式物語』に続く、陽子さんと正彦さんカップルの定年後の物語。

Profile著者紹介

新井素子

1960年東京生まれ。立教大学独文科卒業。高校時代に書いた『あたしの中の……』が第一回奇想天外SF新人賞佳作を受賞し、デビュー。81年『グリーン・レクイエム』、82年『ネプチューン』で連続して星雲賞を受賞、99年『チグリスとユーフラテス』で日本SF大賞を受賞した。他の作品に、『星へ行く船』『……絶句』『もいちどあなたにあいたいな』『イン・ザ・ヘブン』『銀婚式物語』『未来へ……』など多数。



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