定年物語第九章  れんげ畑に落っこちて

 正彦さんが定年になった後。
 ひたすら正彦さんが趣味に走ったっていうエピソードは、今まで色々書いたような気もするんだが......その〝趣味〟は、基本的に、〝俳句〟だった。いや、まあ、定年になった後正彦さんがずっぷり嵌(は)まってしまったのは〝これ〟で、だからこの話を書くのは当然だったんだけれど......。
 実は、定年になる前から、正彦さんには様々な趣味があった。
 そして。
 定年になった後も、この〝趣味〟は継続していたのだった。
 と、いうか。風邪ではないんだけれど。
 一回はおさまった筈(はず)の趣味が......〝正彦さんが定年になった為〟、〝ぶり返して〟しまったのだ......。


       ☆


 定年前の正彦さんの趣味と言えば。
 まず、骨董。
 定年前の正彦さんは、広告代理店の営業をやっていた訳で、その営業先に、骨董趣味の方がいらしたらしいのだ。で、その方と話をあわせる為か、あるいは、最初はそれで始めたのかもしれないけれど、のち、〝骨董〟っていう趣味が気にいってしまったのか、一時期、正彦さんは本当に骨董に嵌まってしまっていて......。
 東京では、それなりの頻度で、骨董市というものが開催されている。定年前の正彦さんは、ある時期、結構それに通っていたのだった。
 只今の大島家の書庫は、分野別に分類されているのだが、そこには、〝骨董〟っていう分類の書籍がある。(分類される書籍があるっていうことは、少なくとも五、六十冊程度は、その手の本があるということだ。......まあ。普通の家で。六十冊も、その手の本があるのなら......それ、すっごく一杯その手の蔵書があるって話にならない?......ただ、大島家の場合は、総蔵書量が三万冊を軽く超えているので、五、六十冊程度なら、ほんのちょっとになっちゃうんだけれど。)
 勿論、陽子さんがこういう書籍を購入する訳がないので、これは、全部、正彦さんの蔵書だ。
 ま、その程度に、正彦さんは、サラリーマン時代、骨董に没入していた訳なのだが......だが。
 普通のサラリーマンが、それなりの頻度で骨董市に通うのは、社会人的な意味で、なかなかむずかしい(一応、会社に行かなきゃいけない訳で......。)ましてや、骨董を購入するのは......経済的な意味で、むずかしすぎる。
 そして。
 この〝骨董趣味〟が......正彦さんが定年になった瞬間、復活してしまったのだ......。

 勿論。
 定年になった正彦さんが、骨董を購入するのは、以前よりむずかしくなっている。陽子さんが締めつけているからね。
 けれど。
 あっちこっちで開催されている骨董市に参加するのは、あるいは、あっちこっちでやられているフリーマーケットの中の骨董部分をチェックするのは......これは、もう、何というのか、楽勝?
 だって。定年になった正彦さんは、ある意味、「毎日が日曜日」。なら、情報さえあれば、いろんな骨董市やフリーマーケットに、自在に行けるのだ。

 そこで。
 今思い返しても一番笑えるエピソードは、これ。

 とある骨董市で。正彦さん、カレー皿を買ったのだ。
 いや、カレー皿では、ない、よな。
 五枚セットのちょっと深めのお皿。お魚の模様がついている。
 このお皿のセットを買ってきた正彦さん曰く。
「これはね、骨董では間違いなくないんだよ。骨董市で買ったんだけれど、今出来に決まってる。けどね、これ、お魚の模様が可愛いだろ? で、これが、五枚あわせて、○○円!ある意味、これ、絶対お買い得だと思わない? しかも......」
 ここまでひっぱられると、陽子さんもこう追随してしまう。しかも......何、なの?
「しかも、これ、カレー皿に最適だって、俺としては思う訳なんだ!」
 あ。言われてみれば。
「まあ、お魚のカレーって私は滅多に作らないけど......お魚模様にもかかわらず、確かに、このお皿は、カレー皿に最適、かも」
「な? だろ? でしょ?」
 ......まあ。
 この正彦さんの評価が正しいのかどうか、これはこの二人には判らない。
 けど、まあ。ちょっと深みがあって、厚みもあるこのお皿のセット。
 これを骨董市でカレー皿として購入した、正彦さんは正しいって、正彦さんは勿論のこと、陽子さんだって思った。お値段だってリーゾナブルだったし。
 だが。
 恐ろしいことに。
 その数週間後。

 ちょっと事情があって、とあるひとに品物を贈らなければならない。
 そんな訳で、陽子さんと正彦さんは、その時、とあるデパートにいた。
 事情が事情なので、二人がいるのは、普通の食器売り場ではない。もの凄く特別な――と、陽子さんが思っている――ほんとにお高い食器売り場なんである。
 こんな処で売っている食器なんて、絶対に陽子さんは、欲しくはない。(いや、だって、ここで売っている食器は、洗えない、よ? いや、洗ったっていいんだけどさ、いや、使った食器を洗わない訳にはいかないんだけれど、でも、洗っている時に、割ってしまったらどうするんだ。しかも陽子さんは、洗い物をやった場合、それなりの確率で、洗っている食器を割ってしまう自信がある。それ思えば、ここで売っているような食器は、絶対に洗えない。そして、洗えない食器っていうのは、陽子さんにしてみれば使えない食器な訳で。食器売り場で、絶対に〝使えない食器〟を売っているのなら......これは、もう、ここは、そんな食器を使える特別なひと以外、近づいてはいけない、そういう売り場だってことに、陽子さんの気持ちではなってしまうよ、ね?)
 そこで、まあ、ちょっといい感じのグラスなんか買って、その売り場を離れた瞬間。
「はああ......」
 陽子さんにしてみれば、もう、盛大なため息をつくしかないのである。
「あの売り場、離れることができてよかった......」
「......っていうか......売り場にいる時、何だってあんなに緊張していたのおまえ」
「だって! あの売り場にいる以上、〝もし割ってしまったらどうしよう〟って、思わなかったの、あなたは!」
「いや、だって、普通、売り場に来ている買い物客は、売り場にあるグラスやカップを割らないよ?」
「私は割るかも知れないのよっ! っていうか、割るつもりはないんだけれど、でも、割っちゃったらどうしようかって思ったら、もう、あの売り場にいる間中、生きている心地がしなかった......」
「......それ......結構、変、だよ」
「だって......手をちょっと動かしたら、それが変な風に変な処にあたったりしたりして、もし、あそこにあるカップや何やを割ってしまったら......いや、その前に。あのコーナーにいる時の私が、何かの間違いでこけたらどうするの。んでもって、私は、何もない処でもよくこけるんだよ! こけて、あわあわあわって手を振り回して、それが棚にあたったりして、その辺に展示してある商品をなぎ倒してしまったら......」
 ああ、成程。ようやっと、陽子さんが何を心配していたのか、正彦さんにも判った。でも、正彦さん、ゆるゆると言ってみる。
「確かに、あそこにあったグラスやカップやソーサーは、結構高いよ? でも、そりゃ、どんなに高くても数万円程度であって、本当の骨董品なんかとは桁(けた)が違うから。だから、そんなに怯(おび)えなくても......」
 ......え。
 あそこにあったグラスやカップやソーサー。数万円のグラスやカップやソーサー。
 これだけだって、あっていい訳がないって、陽子さんは思っている。
 だって、そんなもん、そんなもん、すでに、グラスやカップやソーサーでは、陽子さん基準ではまったくないっ!(だってそんな値段のもの、洗えないし、使えない。)
 けど。
 正彦さん基準では、これは、〝あり〟なのね?(というか。陽子さんが知らない〝お金持ち基準〟では、これは普通にありなのかも。だって、普通の売り場で普通に売っているんだから。)
 けれどけれど。もっと問題なのは。
 骨董基準では、これはむしろ、安かったりするのか? だって、「桁が違う」って言ったよね、正彦さん。ということは、骨董基準では、数十万もするグラスなんかがありだって話になってしまいそうで......。(というか、なるのだ。)
 この瞬間。
 陽子さんは思った。
 許すまじ、骨董基準。
 高いにも程というものがあるだろうがよ。そんなもん、存在を許していいとはまったく思えない。

 ......って、なんか話がずれたな。

 とにかく、お高い食器売り場を離れることができて、陽子さんはほっとしたのだ。
 ほっとしたから、ほんとに安心したから、ゆっくりと呼吸をして、のんびりとあたりを見回して。
 そうしたら。
 みつけてしまったのだ。
「え......あれ?」
 どこかで見たような、ちょっと深めのお皿のセット。お皿が一枚、ディスプレイされていたんだけれど、これは、なんか、六枚セットみたいで、籐(とう)の籠にはいっていて、スプーンやスプーン置きまでついている。そのお皿の模様が。
「あれ、うちの、お魚カレー皿だ」
「え?」
「ほら、旦那がこの間、骨董市で買ってきたお魚のお皿。今出来だって言っていたけど、ほんとに今の商品なんだね、今、ここで売ってる」
「え......えええ?」
「しかも」
 この瞬間、陽子さん、笑いを堪(こら)えることができなくなった。
「これ、カレー皿セット、なんだって」
「えええええ?」
「お皿、六枚、このお皿を収納できる籐の籠つき、その上スプーンが六本ついていて、スプーン置きも六個ついていて、それでいて、お値段は、旦那が五枚で買ったカレー皿と同じ」
「えええええええ!」
「凄いよ旦那。これ、そもそもカレー皿だってことになってる。これはもう、ほんとに出自はカレー皿なんだよ。カレー皿として売っていたんだよ。......うん、何の事前情報もなく、よくこれがカレー皿だって見抜いたもんだ」
「えええええええええ!」

 正彦さんが骨董趣味に走り出した頃から。骨董を鑑定するっていうTV番組があって、これは、会社員時代の正彦さん、時間があえばよく見ていた。定年になってからは、時間は全部自由になるんだ、ほぼ、毎回、見ていた。
 そして、そこには、焼き物を専門にしている鑑定士の方がいて、そのひとは、「焼き物を見抜く男」って二つ名を持っていた筈だ。んで、それにひっかけて陽子さん。
 この先、時々、正彦さんのことを、こんな二つ名で呼んでみたりした。
「大島正彦。カレー皿を見抜く男」

 また。
 さすがに、五、六十冊も骨董の本を熟読しているのだ、この鑑定番組を見ている時の正彦さんは、時々、鋭い。
「これは備前。こっちは古伊万里」
 とか、言うのが......あたっているんだよねー。いや、陽子さんは、骨董について詳しくはないので、だからこんな言い方になるんだが、実際の正彦さんは、もっと詳しいことを言っている。しかも、それが結構あたっている。(この〝備前〟は、あーだこーだいう奴で、これは時代的にはいつで、その他色々、どーのこーのって。)そんで、あたっていると正彦さん、「ふふふん」って感じで胸をそらす。
 ま、大体の場合、陽子さんは、これを微笑ましいって思ってはいるんだけれど......時々、その「ふふふん」が鼻につくこともある。
そんな時。陽子さんは、ぼそっと言ってみる。
「大島正彦。カレー皿を見抜く男」
これ言われた瞬間、正彦さんはしゅんとしてしまって......陽子さんは、こんな正彦さんのことを、とても可愛いと思っている。

       ☆

 その他、正彦さんの趣味としては、囲碁があげられる。いや、これは陽子さんの趣味でもある訳で。
 ただ。
 この趣味は、正彦さんの定年と機を一にするようにして、コロナがどんどんどんどん酷(ひど)くなっていった為......ちょっとやりにくくなってしまったのだ。
 というのは。
 囲碁というのは、ひとと対面をしなければいけない、そんな要素を含んでいるから。
 そうなのである。
 ネット碁なんかを除けば、普通の囲碁は、二人の人間が、同じ空間にいて、そして、対局しなければいけない。この時の、この二人の距離は、数十センチ。(碁盤を挟んで対局しているんだ、だから、最低でも碁盤のサイズだけは距離がある筈なのだが――それでも数十センチである――、が、勝負が白熱すれば、この二人はお互いに碁盤に対して身を乗り出した姿勢になるのが普通だ、こうなると、二人の距離は、どんどん詰まっていってしまう。まあ、コロナが一番酷かった頃は、日本棋院なんかも考えて、対局者の間にアクリル板をたてる、なんて対策をしたこともあったのだけれど......当たり前だが、これはとても不評であったらしい。すごく邪魔なんである。)
 こちらも、二人はいくつかの会に所属していたのだが、コロナのせいで、いくつかの会がお休みになった。
 また、その頃、正彦さんが、かかっていた病院の検査結果により、他の大学病院に入院することになったり、陽子さんが、通院していた病院から「これ、ちょっと最初に思っていたのと違うみたいだから......大学病院へ紹介状を書きます」なんて言われて、手術をする為転院したりした為......囲碁の会に、もの凄く、行きにくくなってしまった。
 一番判りやすい理由は。
 大学病院っていうのは、必ず予約が必要で、しかも、この予約が、正彦さんや陽子さんの都合によってくれない。大体、病院側が、「この日」って指定をして、そして、患者側は、それを受けるだけなのだ。(いや、勿論、「この日は私駄目なんです」って言えば、大学病院側でも都合をつけてはくれるのだろう。けれど、もともと予約がとりにくいのだ、病院側が指定する日を拒否するだなんて、普通の患者にはできない......。というか、正彦さんも、陽子さんも、できなかった。)
 しかも。大体の大学病院は、全然、大島家の近所にはないのである。片道一時間二時間、当たり前。(ということは、往復で四時間超えたりするんである。)
 しかもしかも。予約時間が仮に一時だとして、診療時間が十分だとして、それで、これが、一時十分に終わる訳がない。(基本的に、予約時間に診て貰えることが少ないし、診て貰ったあと、その結果を持って会計へ行き、手続きをして、場合によっては薬を出されることになり、最近は院外処方箋がある病院が多いから、その為の手続きをして、そして、会計。会計に至っては、病院によるのだが、それこそ、どのくらいかかるんだか、やってみなければ判らない。数分で済むこともあれば、軽く半時間を超すことだってある。しかもしかもしかも。場合によっては、この後、処方箋を持って、院外の薬局へ行かなきゃいけないんだ。んで......ここでまた、処方によっては、結構待たされる可能性が高いんだよな。)
 つまる処。
 病院の予定がはいってしまったら最後、その日には、正彦さんも陽子さんも、他の予定はいれてはいけないっていう話になる。
 また。
 大学病院なんて、正彦さんも陽子さんも、実は怖いのである。
 だから、正彦さんが大学病院へ行く時には、陽子さん、それに付き添っていった。(行ってみて判ったんだけれど、大学病院の場合、〝付き添いのひと〟って、結構いるのね。まあ、御老人が多いんだけれど。確かに御老人の場合、付き添いがいないと病院に来るのが難儀なひともいるみたいだし、年老いた親が病院で先生の話を聞くの、絶対に同時に聞きたい四、五十代の方もいるんだろう。病院によっては、受診票みたいな奴に、あらかじめ〝付き添い者の氏名を書く欄〟がある処もあったし。コロナが一番酷かった時期、大体の受診票には、そのひとの体温を記入する欄があったんだけれど、付き添い者の体温を記録する欄がある記入用紙も結構あった。そんでもって、陽子さんと正彦さんは、二人共に六十を超えていたので、普通に付き添いだって認めて貰えたのだった......。)
 また、陽子さんが大学病院へ行く時には、正彦さんも、それに付き添っていった。

 結果として、どんなことになったのか。
 二人が、おのおの、月に五、六回、大学病院へ行くことになったのなら。
 おのおの相手に付き添っているのだ、月に十何日も、この二人は大学病院へ行くことになる。
 そして、大学病院へ行く予定がはいったら、その日は、もう、他の予定、いれること、不可能。


 これで。
 この二人は、もの凄く、囲碁の会に行きにくくなってしまったのだ。
 そもそも、通院的な事情で、月の三分の一以上は、予定をいれることができない。しかも、その〝次〟の予定が、いつになるんだか、これが実際に病院に行ってみるまで、判らない。(病院に行ったあと、そこで、次の病院の予定がはいるのだ、これはもう、その月の予定がまったく確定できないっていう話にならない?)
 また。陽子さんは、仕事をしている。勿論、原稿の締め切りがいつ、とか、いつまでにこの原稿のゲラを返せ、なんて奴は、病院の予定がどうであれ、何とかはなる。けれど、稀(まれ)に、取材とか対談とかインタヴューとか、先方の予定がある事態が発生して、この予定が、もの凄く、いれにくい。けれど、何とか「この日は確実に病院に行かないだろう」って日に、そういう予定をいれると......も、趣味の会には、いつ参加できるのか、そもそもその日は参加が可能なのかどうか、これがまったく判らなくなってしまう。


 また、まったく別の事情だって、ある。


 まず、正彦さん。

 コロナが本当に流行りだした頃、正彦さんは入院をしたのだが、その時、お見舞いが、ほぼ不可になってしまったのだ。
 お見舞いが不可。
 これはほんとに正彦さんにしてみればショックで......同時に思ってもしまったのだ。
 俺って......なんか、もの凄い、感染症弱者?
 いや、これは違う。これは、あくまでもこの時期のコロナの状況が問題だったのであって、正彦さんの感染状況とは、まったく関係がない。
 でも。
 入院した正彦さんが、こう思ってしまうのは......しょうがない、よね?
 だから。退院した後も......自分が、感染症的に弱者かなって一回思ってしまったら......これはもう、不特定多数のひとと碁を打つなんて......正彦さん、ちょっと怖くなってしまう。
 また。
 この後も正彦さんは、定期的にこの病院に通って、経過を診て貰わなければいけないのだ。
 んでもって、この病院に入院しているのは、本当に〝感染症弱者〟のひと。
 だとしたら。
 万が一にでも、自分はコロナに感染する訳にはいかない。
 ここで、自分がコロナに感染してしまい、通院している自分が、この病院にコロナを齎(もたら)してしまったら......そんなに怖い話は、ない。
 だから。
 この時、正彦さんは、ほんとに外出を自粛していた。(あ、さっきの、骨董市のエピソードは、正彦さんが入院をする前と、退院して一年以上がたった時のこと、ね。入院から一年は、ほんとに正彦さん、他人と接触がある外出を控えていたのだ。あと、前に書いた〝俳句〟のエピソードは、これの影響をまったく受けなかった。だって、基本的にリモートだもん。むしろ、〝骨董〟や〝囲碁〟ができない分、〝俳句〟に集中してしまったって処はある。)

 ついで、陽子さん。

 皮膚科の病気がこじれて、近所の皮膚科から大学病院への紹介状を書いてもらい、そこで手術をした陽子さん......最初は、とっても怖かったのだ。
 だって。
 そもそも、陽子さん、疣(いぼ)だと思われるものを、近所の皮膚科で治療してもらっていたのだが......それが、まあ、一年たっても治らずに。
「これ......手術して取っちゃうのが簡単だと思うんですけれど......このサイズだと、直径一センチくらいの穴があいちゃうから......手術すると、ちょっと歩くのが難しくなるんじゃないかと」
 疣があるのは、右の足の裏。自分の足の裏に、直径一センチの穴があいちゃうこと自体、そもそも考えると陽子さんは嫌で(これが嫌ではないひとはいるのか)、だから、手術はやめましょうってずっと言っていたんだけれど。
 一年がたった頃。近所の皮膚科の先生が、いきなりこう言ったのだ。
「ここまで治らない疣は、考えにくいので。もう、大学病院に紹介状を書きます」
「......って?......って、あの、先生?」
「もう、これは普通の疣ではない」
「......って、先生?」
「なんか、他の病気を考えた方がいいと思います。紹介状を書きます。多分、手術をして、この疣を切除することになると思います。そして......紹介状にも書いておきますが、手術をした場合、絶対に組織検査をするよう、大学病院の先生にお願いしておきます」
「......って......って、え?」
 組織検査? 何だってそんなものが必要なんだ。だって、そんなものが必要になるって言えば......。
「あの......最悪、皮膚のガン、とかっていう......」
 言いかけた陽子さんの台詞は、先生の言葉により、遮(さえぎ)られる。
「組織検査をしてみなければ判りませんから」
 そして、この後。陽子さんが何を聞いても、先生は、「とにかく組織検査をしてみなければ判りません」としか言ってくれなかった。となると......何か嫌な考えがもう......。

 大学病院へ行って、最初に、大学病院の先生に診て貰った処。
「あ、これ、疣ですねー」
 軽くこう言われてしまったので、陽子さん、ちょっと、反感。だって、最初に診ていただいた皮膚科の先生も、一番最初は、軽くこう言ったんだよ。でも、それがずーっと、治らなかったんだよ。と、そんなことを言ってみたら。
「この疣、結構大きいですし。疣って、適切な治療をしても、二年くらい治らないこともあるんですよ? ま、でも、手術で、これ、取ってみましょうか。前医の先生からも、そんな連絡来てますし」
 ごくん。手術か。
 これは、あくまで陽子さんの勝手な事情なのだが......陽子さんには、実は、〝手術〟というものを嫌がる、正当な理由があるのである。
 麻酔が、効かない。
 これはもう、何でなんだか、陽子さんにも判らない。
 けれど、陽子さんの実家である原家のひとは、かなりの場合、麻酔が効かないのだ。
 陽子さんの実母である光子さんは、子宮筋腫の手術をした時、途中で「いったあいいっ」って絶叫したという話がある。
 妹である粒子さんも、やはり、麻酔が効かなくて手術中に叫んだという話が。
 実際に、陽子さんも、そうだった。
 以前、胸にアテロームができ、局所麻酔下で手術をした時。この麻酔が本当に効かなくて、本当に陽子さんは痛くて痛くて......結果として、陽子さんが握りしめていた、その拳の下のあたりがびしょびしょになってしまったっていう話があった。あまりにも痛くて、痛くて痛くて、握りしめている拳に汗をかいて、それが、あたりに、滴(したた)ってしまったっていう話なんである。これが、どんなに〝痛い〟ことなのか......それは、ぜひ、みなさんで想像してみてください。(結果として、この手術では、陽子さんの病巣、取りきれず、入院して硬膜外(こうまくがい)麻酔の手術になった。けれど、これがまた効かなくて......ほんとに麻酔が全然効かないので、最終的に、陽子さんは全身麻酔の手術を受けることになった。)
 あ、いや、つまり。
 陽子さんは、麻酔が効かない体質なんである。というか、陽子さんの実家である原家っていうのは、あんまり麻酔が効かない家系らしい。
 と、なると。
 手術は、嫌だよなあ......。
 しかも。
 大学病院の先生は、もの凄いことを言うんである。
「......あの......麻酔を、しますが」
 はい、効かないよね、それ。
「でも、場所が、足の裏、ないしは足の指、です」
 ......はい?
「ここは、末端ですので......えーと......麻酔注射が、結構痛いかも知れないです」
 ......って?
「他の部位とは違いまして、足の部位に、麻酔注射をする場合......それ、麻酔注射自体が、痛いと思うんです。麻酔をするのに痛いだなんて、大変申し訳ないのですが......」
 うわあああああっ!
 これ。
 この先生は何を言っているのか。
 この先生は、麻酔注射をするのが痛いのが申し訳ないって、そんなことを言っているんだよね?
 けど。そんなこと、どうでもいいのに。
 他の部位だって、麻酔注射は結構痛いに決まっている。でも......そんなことより。
 麻酔注射をされた後にされること、本当に痛いのは、そっちに決まっているのに。
 麻酔注射がどんなに痛くったって、そんなもん、麻酔注射をされた後に麻酔が効いていない状態でされることに比べれば、も、問題にならないでしょう。
 でも、こんなことを言われるってことは。麻酔注射だけでも本当に痛そうなんだ、その後にされることは......うわあああ、嫌だー、嫌だあ、やりたくなあいいっ。
 でも、そういう訳にもいかずに。

 そして。実際。
 本当に痛かったのだ、「うわあ」って思うくらいは、痛かったのだ。足の裏(というか、殆(ほとん)ど足の指)の麻酔注射。
 痛かった。呻(うめ)いちゃった、陽子さん。でも......それ、だけ。

 その後。
 陽子さんは、何か、足の裏でごちょごちょやっているなあって思い......ふいに、気がつく。
「あ! ひょっとして、只今、私の足の裏で、手術とか、やっています?」
 そのくらい、痛くも何ともなかったのた。ただ、なんか、ごちゃごちゃやっている感じがあるなーって気分が、あっただけで。
「痛いですか?」
「あ......いえ、まったく痛くはありません」
 この瞬間。陽子さんは、ほんとに心から感動したのだ。
 こ、こ、これは! これが、〝麻酔が効いている〟っていうことか?
 歌いだしたい気分になってしまった、陽子さん。
 いや、だって、麻酔さえ効いていれば、手術ってこんな感じなのかー。
 痛くない、ほんとに痛くない。
 そうか、世の中のひとは、麻酔が効いている限りにおいて、この程度の〝痛さ〟(というか、〝痛くなさ〟)で、手術されているのかあ。
 そりゃ、楽だよね。
 あ。考えてみれば、最近は、歯医者さんの麻酔も、結構効いているよね。ということはつまり......足の裏とか、顔とか......えーっと、人体における、末端部分は......私にも麻酔が効くんだろうか?
 ......いや。違うと思う。昔は、歯医者さんの麻酔も、そんなに効いていなかった気がするし(大体、顔って、人体の末端ではないと思う)。
 私が胸のアテロームの手術をしたのは、すでに二十年以上前。ということは、この二十数年で......医学が、もの凄く、進歩したんだ。いや、医学が進歩しているのかどうかは判らない、けれど、麻酔は、とってもとっても、進歩したんだ。
 心からの感動をもって、陽子さんは思った。
 医学は、進歩している。
 間違いなく進歩している。
 素晴らしい!

 手術が終わって、患部の手当てをした処で。先生は、こんなことを仰(おっしゃ)った。
「この後は普通に歩いてくれていいです。というか、むしろ普通に歩いてください。一センチくらいの穴があいてますけれど、そこ、ちゃんと手当てしてありますから。普通に立って歩いてくだされば、それ、この患部に対する圧迫止血になります。あ、勿論、痛み止めはだしますよ、痛くなったらすぐにこれを飲んでください」
 この先生のお話を聞いた瞬間、付き添いで来ていた正彦さんが、うえって表情になった。一センチの穴があいているのに、立って歩くと〝圧迫止血〟? いや、確かに傷があって、それに体重がかかれば、それは圧迫止血にはなるよな。けど......。
 正彦さんは、「それ、ありかよ?」って表情になったんだけれど、陽子さんの方は平然と。
「はあい、判りましたー」
 しかも。
 結局、陽子さんは、いただいた痛み止めの薬を、まったく飲まなかったのだ。
 いや、そりゃ、確かに、手術の時に使った(のであろう)麻酔が切れたあとは、陽子さん、痛かった。歩けば歩く程、痛かった。けど、それって、「まったく麻酔が効かない状態で足の裏手術されて、一センチも患部を掘り起こされたかも知れない」時に感じるだろう痛さにくらべれば、何事でもなかったので。
 うん。痛いわ。でも、これは、単に痛いだけ。なら、放っとこ。
 実際、放っといたら、翌日にはこの痛みは何とかなった。何日かは、歩きにくかったけれど、でも、それはそれだけ。
 また、次にこの大学病院へ行った処。陽子さんの足を診た後で、先生は。
「あ、大島さん、前医の方から厳重に申し送りがありましたので、患部の組織検査、やってみました。疣です」
 こう言われて、ほんとに、陽子さん、心から安心。
「疣ってね、結構、治らないものは時間がかかるんですよ。そして、大島さんの患部ですが......」
 はい。手術したんだよね。全摘したんだよね。でも、この言い方だと。
「あの時、肉眼で判別できる疣の組織は、全部取った筈なんですが......手術から時間がたった今、診てみたら......まだあります。これ、ほんとにしつこい疣ですね」
 ......と、いう訳で。
 この後も、陽子さんはこの病院に通うことになる。

 それから。もうひとつ、正彦さんには、定年になってから始めた趣味があった。
 ......いや。これ、趣味って、言えるのかな? むしろ......夢?

「うちの庭をれんげ畑にしたい」
 新年。
 冬の、枯れはてた庭を前にして、いきなり正彦さんがこう言った瞬間、陽子さん、このひとは一体何を言い出したのかと思ったものだった。
「俺のね、子供の頃。近所にあった田んぼは、時々れんげ畑になったんだよ。もう、全面的にれんげ。れんげのみ。それこそ、山村暮鳥の〝一面の菜の花〟じゃなくて、〝一面のれんげ〟。......ああいう景色を、もう一回、見たいなあ」
 ......はあ。なんとなく......正彦さんが言わんとしていることは、陽子さんにも判った。れんげっていうのは、稲が枯れたあと、水田に種を蒔(ま)くこともあるお花なのだ。これがあると水田の土壌が肥沃になる、だから、休んでいる田んぼに農家さんがれんげの種を蒔いて、そしてできるのがれんげ畑。
 けど。あの。うちのお庭って......えーと、面積、ほぼ、ないよ? いや、四畳くらいの面積はあるのかな、でも六畳はないような気がする、これをれんげ畑にしようっていうのは......このひとの頭の中の〝れんげ畑〟って、一体どんなものなんだろう。六畳間が全部れんげで埋めつくされているとして......でも、それは、れんげ畑って言わないと思う。(それは、琵琶湖を海だって主張したり、石神井(しゃくじい)川を大河って呼んだり、三十センチの水槽を池だといい募るのより、変だと思う。)
「だから、俺は通信販売でこれを買ってみた! これをうちの庭に蒔く!」
 って、正彦さんが陽子さんに見せてくれたのが、れんげの種のはいっている袋。それも......普通の〝種〟は、ちっちゃな紙パッケージにはいっている奴なんだけれど、これは、陽子さんがいつも買っている三温糖の袋くらいのサイズがあって......ってことは......えっ、二キロって書いてある? れんげの種、二キロ?
 くらっとした、陽子さん。
 種を二キロも買って、それでどうしようっていうんだ正彦さん。二キロもの種を蒔く為に、どの程度の面積が必要だと思っているんだ正彦さん。
 ましてや。
「あの......旦那......判ってる? もし、今、ちょうどいろんなものが枯れはてているうちの庭に、枯れた草全部毟(むし)って、そしてこの種を普通にばらまいたとして、それで、春に、うちの庭にはれんげが咲き誇ることにはならない......よ?」
「え、って、何でだ」
「あのさあ。あなたの記憶の中にあるれんげ畑は、多分、農家さんが休耕田に蒔いている奴だと思うの。だから、もともと、蒔かれているのは、すっかり作物がなくなった田んぼ」
「うん。それと、うちの庭と、どこが違うんだ?」
 全然違うっ!
「田んぼっていうのは、土がほんとにいいの! ずーっと農家さんが手入れして、いい土に作ってるの!」
「うちの土だっていい土だ」
「違ううううううっ!」
 ほんのちょっとでも庭仕事をした経験がある陽子さん、こう叫ぶしかない。(陽子さんの実家では、陽子さんを育ててくれたお祖母ちゃんが農家の出身であったので、庭で野菜を作っていた。だから陽子さん、それを手伝った経験があるのである。)
「あなた、うちの庭、掘り返したことないよね? あのね、ここは、もともと大きな一戸建ての家があって、それを更地にして、分割して、売りにだした、分譲の住宅地なの。その一部を買って、ここに私達が家を建てたの。土の手入れなんかまったくされてないの。だから、ちょっと掘り返すと、石だの何だのがごろごろはいってて、その上、東京だから、三十センチかそこら掘り返すと、関東ローム層の赤土になっちゃって、いや、その前に、うちの庭はもう、硬くて硬くて、プランターならともかく、お庭でお花を栽培しようと思ったら、土、掘り返す処からやらないと駄目な庭なの!」
 この家に越してきてすぐ。ちょっとチューリップの球根でも植えてみようかなあって思った陽子さん、この庭を掘り返してみて、「あ、これは本腰をいれて土のお世話からやらないと駄目だから、チューリップ止めよう」っ思ったことがあったので、このあたりの台詞までは、するする出てくる。
「え......だって、うちの庭、なんも植えてないのに、草が一杯生えているじゃん。ということは、種さえ蒔けば......」
「あなたは何も判ってないっ! いいっかあ、今、うちの庭に生えている草のひと達は〝雑草〟っていう名のひと達であってね」
 すべての生物を、ひとって呼んでしまうのは、陽子さんの癖。
「あのひと達は、アスファルトの隙間とか、下手したら雨樋の中とか、も、普通の植物のひと達が生きてゆけない処でも繁殖することができる、草の中でも最強に近いひと達なんだよ。で、〝雑草〟なんていう称号を受けている」
「......雑草......って......称号、なのか......?」
「当たり前じゃん。こんなに凄い植物って、あんまりいないと、少なくとも私は思っている。雑草っていうのは、ほんとに凄い植物に対する尊称なんだよ」
 ......まあ......この辺は、陽子さんが勝手に思っていることだ。
「雑草のみなさまが生えることができる地面と、栽培種のちょっと弱い植物のひとが生えることができる地面を、一緒にするなあっ。栽培種のひとは、間違いなく雑草のひとより弱いのよ。雑草のみなさまが生えているからって、そんな地面に栽培種の種を蒔いて、それで栽培ができるだなんて思うなあっ! そんなことができるのなら、農家のひとは何の苦労もしていないっ!」
「......え......じゃ......俺は、どうすれば......」
「もし、あなたがほんとにれんげを植えたいのならね。まず、うちの庭を、耕しなさい」
「た......耕すって......」
「とにかく土を掘り起こす。掘り起こしてみたら、多分、石や何かがごろごろしていると思う。そして、それを、取り除く。これ、多分、あなたが今思っているのよりずっと沢山ある筈だけれど、それを、全部、取り除く。そして、それがなくなった処で、腐葉土とか、そういう奴を、地面に混ぜてあげる。うん、肥料を混ぜるのは、土を耕した後で、ね。こうやって、土を作って、そして、その後で、種を蒔く」
「......っ。......それ、もの凄い時間がかかるんじゃないかと......」
「かかるんだよ、当たり前だよっ!」
「じゃ、それ......ほんとに凄い手間がかかるって話に......」
「なって当然なんだよっ! 私はね、自分では農業をやったことがない。だから断言はできないんだけけれど、農家さんは、これやってるから凄いんだよ。食事をする時、毎回、手をあわせて、『いただきます』っていうのは、神様に感謝を捧げているのと同時に、食べ物を作ってくれている農家さんにも感謝を捧げているんだよ。『あなたが作ってくださったお米や野菜を、今、私はいただいております、ありがとうございます、ですから、いただきます』って。で、それはなんでかって言ったら、そもそも、農家さんがやっていることが本当に大変なんだから、なんだよ!」
「..................」
 陽子さんにここまで言われて。正彦さんは、まず、素直に、庭を耕しだした......らしいのだ。(まあ、陽子さんも結構忙しかったし、正彦さんがやっていることを監視していた訳では勿論ないので、〝伝聞〟というか〝推測〟になってしまうんだけれど。)
 そして。
 一週間たたないうちに、正彦さん、降参した。
「......駄目だ。おまえに言われたように、土を掘り返してみたんだけれど......石とか岩とか、取り除いてはみたんだけれど......やってもやってもやってもやっても、いつまでやっても、どこまでやっても、なんだか石がある。その上、土は硬い。もうこれ以上できない......。これ以上続けたら、俺の腰がどうにかなってしまう。だから、ちょっと狭いけれど、俺が石を取り除いた部分で、れんげ畑を作ることにする」
 ......ああ......そうだろうなあ......。でも、正彦さん、一週間近く努力したんだ、一畳分くらいは、耕せているかな?
 そう思った陽子さんが庭に出て、そして見たのは......。

 庭の、ど真ん中。
 どこかの端にはまったく寄っていない。
 まさに、庭のど真ん中に......週刊誌を四冊並べたくらいの、掘り返した跡がある。そしてそのまわりには、散乱している石。
 いや。
 一週間努力して、やっと石を取り除けたのが、たったこれだけっていうのは、陽子さん、納得だ。判る。というか、たったこの程度の面積でも、人力で、シャベル使うだけで、きっちり掘り返して石を取り除いただけでも、それは偉いと思う。
 けど......何で?
 何が哀しくて、庭の、ど真ん中?
「な......」
 陽子さん、つい、こう言ってしまう。
「何が哀しくて、庭のまさにど真ん中に、こんなもん作ったの?」
 普通、花壇というのは、庭のどこかの隅に寄せられて作るものではないのか? いや、正彦さんが作りたかったのは、花壇じゃなくて〝れんげ畑〟だから......庭全部をれんげ畑にするつもりで、まず、中心から始めたのか?
「......いや......だって......しゃがんで作業するのに、一番楽なのは、やっぱり庭の真ん中だったから......」
 ......うー。
 うー、うー、うー、でしょうね。それは確かに判るんだ。
 けど。
 ここにれんげの種を蒔いたとして。れんげ畑と言えるようなものがここにできたとして。それは一体、どんな景色になるんだ。
 何故か、庭のど真ん中に、週刊誌四冊分くらいのサイズで、れんげが群生している処がある。
 その状況って......想像してみると、かなり、異様だ。
 まして、正彦さんは、(そもそも週刊誌四冊分くらいのサイズの地面の石を取り除くだけで疲れ果てているんだから)、そろそろ生えだしているまわりの草を、まったく毟っていない。というか、手を触れていない。これは、春になったら、あたりは雑草で埋めつくされるだろう。そんな中に、週刊誌四冊分くらいのれんげが咲き誇っている処があったとして......それ、脇からみて、そうだと判るのか?(間違いなく、春になったら、どんなにれんげが咲いたとしても、あたりの雑草に覆われてしまい、見えなくなるに、陽子さん、一票。)

 まあ。でも。
 正彦さんの努力と苦労は、陽子さんにも判った。だから、できるだけ、陽子さんはこの正彦さんの努力を尊重しようとは思った。
 この後。
 春になり、正彦さんの〝自称れんげ畑〟のまわりの雑草を、できるだけ積極的に、陽子さんは抜いた。抜こうとした。
 ただ。もともと、陽子さんの家事基準において、「庭の手入れ」は優先順位が低い。どう考えてもそれ以外にやらなければいけないことが沢山ある。だから、それは放っておかれる可能性が高くて......。
 そして、気がついたら。

「......まわりの雑草をできるだけ毟ってみたら......こんなことになっちゃった......」
 のである。
 正彦さんが耕した週刊誌四冊分の空間。
 ここには、確かに、他の処に生えているのとは違う草が、生えていた。
 ただ、それが......。
「これ......俺が思っているれんげじゃない......」
 なのである。
 正彦さんが〝耕した〟地面には、まわりに生えている雑草とは違う植物が生えている。それは、確かに、そう。
 でも、それが〝れんげ〟かって聞かれると......「そういうものもちょっとはあるけど、基本的には違う」としか、言いようがない。
「れんげってさあ、花の形が、ここに生えているものとは違う......よね?」
「ああ。どう考えてもこれはれんげではない」
「でも、このピンクの小さな花をつけている奴が、この辺における最多植物だよね? あなたはここにれんげの種を蒔いたんだよね? ということは......これが、れんげ?」
「の、訳がない。もしこれがれんげなら、俺の心の中のれんげ畑はなくなっちゃうし......いや、別に俺、この花を貶(おとし)めるつもりはないよ、けど、俺が、心の中で欲しかった花は、これじゃない」
「......うん。私もそう思う。......というか......れんげ、生えてはいる......ような気は、するよ? ここに生えている奴と、あそこの奴、むこうの奴と、そっちの奴。この四つは、この〝れんげ畑〟における、れんげ、じゃ、ないの?」
「......この空間では、この四本が、俺が思っているれんげである、それに異議を唱えるつもりはない」
 ただ。
 確かに狭いとはいえ、それでも週刊誌四冊分くらいの空間を耕したのだ、そこに腐葉土や肥料をいれ、一所懸命土地を養生して、れんげの種を思いっきり蒔き......それでも、〝れんげ〟だと断定ができる植物が四本しか生えてこないって......これはないんじゃなかろうかって、陽子さんも正彦さんも、思った。(まだ、ほんとに生えたばかりで、何とも名付けようのない新芽はいくつもあったので、その大多数は、ま、れんげかも知れないんだけれど、これは、この時点では植物にあんまり詳しくないこの二人、よく判らない。)
「あ!」
 で、ここで陽子さん、言ってみる。
「あなた、確か、植物の写真をとったらそれが何だか判るアプリっていう謎の奴、スマホにいれていなかったっけか? それ、使ってみたら?」
「あ、成程、あのアプリがあった!」
 で。正彦さんがそのアプリを使ってみたところ。
 今、問題になっている植物の名前は判った。カラスエンドウだ。
 ..................。でも、名前が判っても、何故ここがカラスノエンドウの畑になったのか......これがまったく判らない。
「それにさあ、俺が買ったれんげの種はどうしたの。四本しか生えてないんだ」
 これまたまったく判らない。
 けれど、これを〝判る〟為に、何をどうしたらいいのか、それがまったく判らない。
(と、言うか。
 実は陽子さん、正彦さんが通信販売か何かで買った種を、「不良品ではないのか?」って思ってもいた。だって、正彦さん、結構凄い量を、〝耕した〟地面に蒔いたんだもの。これで、数える程しかれんげが育たないって、何かどっかに間違いがある......ような気がする。
 ......まあ......実は調べてみたところ、カラスノエンドウもれんげもまめ科で、畑に蒔くことがあるらしいので、種がまざっていたのかも、とは思っていて)
「......でも......れんげ畑にはほど遠いけど、四本はれんげが咲いた訳で。......じゃあ、来年は菜の花畑を」
 うわあああああっ!
「やめれっ!」
 瞬時、陽子さんは叫んでいた。
 いや、仮にも小説家として、陽子さんの台詞は、変だ。
 この場合の正しい台詞は、「やめろっ!」、ないしは「やめてっ!」だ。
 でも、この時の陽子さん、文法の正しさなんかに拘泥できる気分ではなかった。だから、ただ、叫び続ける。
「やめれっ! それ、絶対やめれっ!」

 ......まあ。
 この陽子さんの言葉が効いたのか、あるいは、これからまた週刊誌四冊分の地面を耕したら自分の腰がどうなってしまうのか判らなくなった正彦さんが、諦めたからか。
 大島家菜の花畑計画は、実施されなかった。
 というのは。
 その計画実施前に。
 この、正彦さんのれんげ畑は......結構素っ頓狂な弊害を齎してしまったから。

 大島家の家事において、庭の手入れはかなり優先順位が低い。
 とは言うものの、まったく庭の手入れをしない訳にはいかない。
 というのは、大島家とお隣の間、その狭い空間に、定期的にメンテナンスをしなければいけないものがいくつかあるから。大島家では、太陽光発電をしているのだけれど、それに付随する(陽子さんには何かよく判らない)器械が、大島家とお隣の間、五十センチくらいの空間においてあったり、なんかよく判らないけど、専門家が時々、調べなきゃいけない器械が、やはりその五十センチくらいの空間にあったり。
 そして。
 大島家と、お隣の間の、五十センチくらいの空間に到達する為には、大島家の庭を通る必要があるのである。
 だから。年に数回、お隣との間の空間にひとがはいることができるよう、その為だけにも、庭の雑草を抜かなきゃいけないのである、陽子さん。
 そして。
 この時、正彦さんの〝れんげ畑〟は、おそろしい程の効果をあらわしたのだ!

 ひたすら庭の雑草を抜いている陽子さんは、それやっている時、あんまりあたりに目を配っていない。ドクダミとか、シダの一種とか、ああ、ほんとにこれは雑草として強いねって奴を抜き、ロゼットになっている雑草のみなさまを根から抜くように毟り......。
 そして。
 ずぼっ。
 草を毟りながら後じさる陽子さんは、何回か、後じさった足を、何かに捕らえられて、転んだのだ。
 ずぼっ。
 って......何で庭の草むしりをしている、私の足を、捕らえる穴があるんだよおっ!
 落とし穴、か?
 いや、これ、落とし穴としか思えない。
 でも、何だって自分ちの庭のど真ん中に、落とし穴があるんだ!
 いつ、誰が、何だってそんなものを作ったんだ!

 と......思った瞬間。
 その答が判ってしまったので......陽子さん、本当に哀しくなった。

 ああ。
 これは、〝落とし穴〟なんかじゃ、ない。これは、旦那の〝れんげ畑〟なんだ。

 旦那が。本当に頑張って土を耕して、そこにある石や岩を取り除いたから。ここは、柔らかい、ある意味、いい土になって......だから、下手に足を踏み入れると、その瞬間、ずぼって沈む。草毟りをしていて、うっかりそこに足を踏み入れると、ずぼって陽子さん、そこに足を取られて、転ぶことになってしまうのだ。
 普通は、ねえ。
 花壇なんて、庭の隅の方にあるものなんである。
 けど、旦那の〝そうならなかったれんげ畑〟は、何故か、庭のど真ん中にあり......ということは、庭で作業をするひとは、ほぼ確実に、ここに足を取られてしまうことになるのだ。
 そして。
 この〝れんげ畑〟は、時間がたつに連れ、酷いことになってゆく。
 やがて秋が来て、落ち葉が庭につもるようになると、この〝れんげ畑〟は、落ち葉にまったく埋もれてしまい、庭の落ち葉を除去しようとして作業をしている陽子さん、何度これに足を取られたことか。(正彦さんがほんとにちゃんと土を耕してくれた為、かなりの間、このれんげ畑は、れんげが咲いていないのにもかかわらず、土地だけはましで。確実に柔らかく、確実に庭作業をしている陽子さんの足をひっかけることになったのだ。)
 そして、冬が来て、雪が降ると。今度はまったく、これが見えなくなる。そして陽子さんは、何度、これにひっかかって転んだことか。
 自宅の庭の中央に。落とし穴がある。
 これはもう絶対に認めたくないことではあるのだが......でも、同時に、〝厳然たる事実〟でもある訳で。
 しかも。これを作ったのは、陽子さんの夫である正彦さんなんだよ!

 夫が作った罠(わな)。これが、何故か、庭の中央にある。

 れんげ畑に落っこちて。もう、陽子さんにしてみれば、ため息をつくしかない。

 何故。
 何故、うちの庭のど真ん中には、落とし穴があるんだよおっ!

(つづく)

定年物語

Synopsisあらすじ

陽子さんは、夫・正彦さんの定年を心待ちにしていた。正彦さんが定年になって、家にいるようになったら……家事を手伝ってもらおう! 共働きにもかかわらず、激務で疲労困憊の夫には頼みづらかった家事。でも、これからは。トイレ掃除、お風呂掃除に、ご飯の後の洗い物、それから……。陽子さんの野望が膨らむ一方で、正彦さんもひそかに野望を抱いていた……。『銀婚式物語』に続く、陽子さんと正彦さんカップルの定年後の物語。

Profile著者紹介

新井素子

1960年東京生まれ。立教大学独文科卒業。高校時代に書いた『あたしの中の……』が第一回奇想天外SF新人賞佳作を受賞し、デビュー。81年『グリーン・レクイエム』、82年『ネプチューン』で連続して星雲賞を受賞、99年『チグリスとユーフラテス』で日本SF大賞を受賞した。他の作品に、『星へ行く船』『……絶句』『もいちどあなたにあいたいな』『イン・ザ・ヘブン』『銀婚式物語』『未来へ……』など多数。



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