2019 11/21
私の好きな中公新書3冊

自分の認識を真っ向から覆される/堀川惠子

小林和幸『谷干城 憂国の明治人』
小川原正道『西南戦争 西郷隆盛と日本最後の内戦』
伊藤之雄『大隈重信(上) 「巨人」が夢見たもの』
伊藤之雄『大隈重信(下) 「巨人」が築いたもの』

この春、わけあって犬養毅の評伝を出版した。三年ほど他の仕事を中断して近現代史の文献を読み漁ったわけだが、お陰で深緑色の新書本がデスクに山積みとなった。中公新書は、その道の専門家が(比較的)分かりやすい筆致で長年の研究を新書サイズにまとめ、また詳しい出典も明示してくれるので、取材の入り口とするには絶好である。

マイベストを挙げれば、迷いなく『谷干城』だ。それまで谷と言えば国粋主義の親分くらいにしか思っていなかった。ところが今回の取材で、記者から軍人に転身しようとする若き日の犬養を諫めたという話を知り、「?」と思って本書を手に取った。

藩閥に異を唱え、言論の自由を訴え、国際紛争は回避に努める。時代の流れに逆らって日清日露とも開戦に反対、足尾鉱毒事件では実地調査に出向き、住民の救済に奔走。弾丸のような意見書と演説で、とことん言論で勝負を挑む。なのに明治天皇からの信頼は篤い。本書で明らかにされる谷像には驚愕した(ランドセルの生みの親、というのにも驚いた)。

自分の認識を真っ向から覆される体験は、読書の最大の醍醐味だ。右とか左とか現在の固定概念に囚われたまま歴史を見たり、安易なキーワードで人物をくくったりすることがいかに危険なことか。そんな取材の基本を改めて本書に教えられた。

その谷が一躍、名を知らしめるのが西南戦争だ。熊本鎮台司令長官として熊本城に籠城、兵をよく統率し、勇猛果敢な西郷軍相手にもちこたえた。時代の大きな分岐点となる西南戦争には従軍記者の犬養をはじめ、その後の表舞台で活躍する様々な人物が登場する。本にテレビに芝居まで、世に西郷物語は溢れるが、この戦いが持つ意味を学術的に詳しく研究した書籍は驚くほど少ない。だから『西南戦争』は稀有な一冊だ。

「巨大な沈黙」として存在した西郷の心情を冷静に分析し、各地の戦闘の様相も的確だ。のみならず、それが後の立憲体制に与えた影響まで追っていて、歴史の文脈の中で俯瞰ができる。現在を西南戦争の「戦後」と捉える視点にもハッとさせられた。

谷干城を「誠実と情愛の人」と評したのが、大隈重信だ。その大隈は、まさに谷とは正反対の存在である。あらゆる分野で大車輪の活躍をするも、その行動には毀誉褒貶が伴い、人物像が掴みにくい。『大隈重信』は上下巻あわせて九百頁近い大作で、多様な史料を駆使して大隈像に迫る。こんな重厚な著作でも、新書であるがゆえ手に馴染みやすい。

付箋だらけの三冊を久しぶりに開いてみて驚いた。それぞれの出版の時期が十二年に亘るのに、編集者は全て同一人物。書き手の専門性ゆえ、それを噛み砕いて伝える作業は大変だろう。これもまた中公新書の強みなのかもしれないと思う。

堀川惠子(ほりかわ・けいこ)

ノンフィクション作家。1969年広島県生まれ。92年広島大学総合科学部卒。テレビ局を経てフリーに。著書に『死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの』(日本評論社、2009年/講談社ノンフィクション賞)。『裁かれた命―死刑囚から届いた手紙』(講談社、2011年/新潮ドキュメント賞)。『永山則夫―封印された鑑定記録』(岩波書店、2013年/いける本大賞)。『教誨師』(講談社、2014年/城山三郎賞)。『原爆供養塔―忘れられた遺骨の70年』(文藝春秋、2015年/大宅壮一ノンフィクション賞/早稲田ジャーナリズム大賞)。『戦禍に生きた演劇人たち―演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社、2017年/AICT演劇評論賞)。夫・林新との共著に『狼の義―新 犬養木堂伝』(KADOKAWA、2019年)がある。


イラスト:Miu SEKINE