もぐら新章4第十三回

第一章

 芦田は、市島が所有するマンションの一室に監禁されていた。
 裸に剥かれた芦田の両手足はプラスチックカフで縛られ、口にはタオルを巻かれている。食事の時以外、タオルを外されることはなく、唾液が染みたタオルからはかびたような湿った臭いが立ち上っていた。
 何も置かれていないフローリングには血や嘔吐物、排せつ物が散らばってこびりついている。
 部屋の中は鼻がもげそうな異臭に満ちていた。
 芦田の顔は腫れ上がり、全身は傷と痣だらけだ。
 誰もいない薄暗い部屋に身を横たえている芦田は、虚ろな目でフローリングを見つめていた。
 部屋へ連れて来られて、二日ぐらいは時を感じていた。しかしもはや、何日経ったのか、今が昼なのか夜なのかもわからない。
 どうでもいいという気分だ。
 部屋には芦田しかいない。
 リナとは離され、今、彼女がどこでどんな扱いを受けているのか、知る由もない。
 一日に一回、市島が仲間と共に食事を持ってやってくる。
 市島が言うことはいつも同じだ。
 リナの身請けに一億円払うか、このまま野垂れ死にするか。
 一億円を払うと言わない限り、その質問の後に暴行を受ける。食事はパン一つだが、口の中は切れ、胃は殴打で痛めつけられ、水も与えられない状況では、一口も飲み込めない。
 自分の姿を目にできるものは何もないものの、頬骨や肋骨、腰骨がフローリングにゴツゴツと当たる感覚で、肉体が痩せ衰えていることを感じていた。
 この頃は、呼吸をするのもつらいときがある。
 あと、どのくらい、もつのだろう......。
 芦田は死の足音をほんのりと感じ取っていた。
 ドアの向こうで、足が床を踏みしめた時の軋む音が聞こえた。
 薄暗がりにずっといるせいか、聴覚が敏感になっている。
 まもなく、ドアが開いた。
 廊下の明かりが射しこみ、顔に当たる。芦田は腫れた目を細めた。
 顔を少しだけ傾ける。市島の細い影が映った。
「がんばるねえ。体力と根性だけは一人前か」
 市島は歩み寄ってきて、芦田の肩を靴底で押した。
 芦田の体がぐらりと倒れ、仰向けになる。
 市島はしゃがみ、芦田の顔を覗き込んだ。
「どうだ? 払う気になったか?」
 右の口角を上げる。
「一億も......持っていない......」
「銀行でも消費者金融でも闇金でも借りまくりゃいいじゃねえか。会社の金をパクってもいい。なんなら、金持ってるじいさんばあさんの家を紹介してやってもいいぞ」
「そんなこと、できるか......」
 芦田は声を絞り出し、市島を睨んだ。
「おー、まだ牙を剥く気力があるんだねえ。おまえ、案外、骨あるな。おれ、根性あるヤツは嫌いじゃねえよ。この頃のガキは、自分が損すると思えば、すぐ寝返る。まあ、そういう連中も使い勝手がいいんで、いいんだけどさ」
 市島はぐっと顔を近づけた。
「けどよ。おまえが意地張りゃあ張るほど、リナが大変なんだよな」
 リナの名を聞いて、芦田は目を剥いた。
「彼女に何をしているんだ!」
「声も出るじゃねえか」
「何をしてる!」
 芦田は市島の左足首をつかんだ。しかし、力はあまり入らない。
 市島は足首を握らせたまま、言った。
「壊れちまうぞ、あの女」
 にやりとする。

(続く)

もぐら新章4

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄や東京の暴力団組織との戦闘を乗り越えてきた竜星。親友の安達真昌とともに切磋琢磨しながら、将来を模索していたが、高校卒業を目前に繰り広げられた死闘によって傷を負った。(もぐら新章『血脈』『波濤』『青嵐』)
傷からの回復に専念しつつ、竜星は大学進学を、真昌は警察官試験の受験を一年延期し、自らの進む道を改めて見つめ直すことにしたが……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が120万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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