もぐら新章4第六回

第一章

1(続き)

 竜星は進路を決めかねていた。
 本当は端的に義肢装具士の道を歩もうかと考えていた。楢山を間近で見てきたせいもあり、そうした人たちの役に立つ仕事がしたいという思いは変わらない。
 ただ、より貢献するためには、医学やロボット工学を専門的に学んだ方がいいのか、あるいは、まったく別の分野の勉強をして視野を広げた方がいいのか。
 選択肢が広がるほどに、迷いが深くなる。
 さらに、竜星を迷わせるのは、楢山の言う通り、学費と生活費の問題だった。
 竜星が進みたい道の学費は、安くても入学金を含めて年間百万弱。それに生活費を加えると、三百万近くはかかるだろう。
 奨学金をもらうか、特待生として授業料を免除してもらうという方法もあるが、県内で自宅から通える大学なり専門学校でない限り、二百万近い生活費は必須だ。
 高校を卒業する前は、それもアルバイトを掛け持ちしてなんとか捻出しようと考えていたが、長引くコロナ禍で経済の先行きが見えない中、見切り発車することはできない。
 何より、高校まで出してくれた母に、これ以上、負担はかけたくなかった。
 とりあえず、どう選択しても受験はできるよう、大学入学共通テストの出願はするつもりだ。
 が、その先のことは決めかねている。
 いったん就職して金を貯め、それから自分の進みたい道の勉強をしても遅くないかと考えてもいる。
 一つの道を見据えて邁進する真昌が、正直うらやましかった。
「これ、もらっていくね」
 竜星はサーターアンダギーが入った皿とさんぴん茶のグラスを取って、立ち上がった。
「おい、竜星!」
 楢山が呼び止めるが、振り向きもせず、自室に入り、ドアを閉めた。
「まったく......」
 楢山はテーブルに右肘をかけ、ため息をついた。
「まあまあ、ゆっくり決めればいいんじゃないかしら。若いんだし」
 節子が微笑んだ。
「今、こうだと決めても、十年後にはまったく想像もつかない場所に立っていることもある。その時、今こうして悩んでいることが無駄でないことはわかる。そうじゃなかった、楢山さんも?」
 楢山を見やる。
「まあ、そうですけど......」
「これからもどう変わっていくかわからない。でも、時が来れば、答えは自ずと見つかるもの。その時をゆっくり待ってもいいんじゃないかしらねえ」
「そうさせてやりたい気持ちもなくはないんですがね。若い頃の一年二年は、無駄にしない方がいいってのもありますから」
「大丈夫よ、竜星は。信じて、見守ってあげましょう」
 節子の微笑みに、楢山は小さく首肯するしかなかった。

(続く)

もぐら新章4

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄や東京の暴力団組織との戦闘を乗り越えてきた竜星。親友の安達真昌とともに切磋琢磨しながら、将来を模索していたが、高校卒業を目前に繰り広げられた死闘によって傷を負った。(もぐら新章『血脈』『波濤』『青嵐』)
傷からの回復に専念しつつ、竜星は大学進学を、真昌は警察官試験の受験を一年延期し、自らの進む道を改めて見つめ直すことにしたが……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が120万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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