もぐら新章4第五回

第一章

1(続き)

 リビングに行くと、古谷節子と楢山誠吾がいた。
 節子が家にいるのは普段と変わらない光景だが、楢山がずっと家にいるのは多少の違和感を覚える。
 少し前まで、楢山は、昼間は金武の空手道場に入り浸り、自身の稽古と後進の指導で汗をかいていた。
 しかし、長引く緊急事態宣言の影響と第五波の感染者増で、開いたばかりの新生金武道場も活動自粛を余儀なくされていた。
 時間を持て余した楢山は、テレビを見ながら時々筋トレするのが日課となっている。
 竜司の仏壇がある部屋の襖が開いている。
「母さんは?」
 二人に訊く。
 楢山が答えた。
「さっき、出て行ったよ。なんか、仕事でトラブルがあったみたいでな」
「そう」
 竜星の母、紗由美は、勤めているテレフォンアポイント会社に新設される人材派遣部門のシステム構築に関わっていた。
 緊急事態宣言が続く中、ほとんどはテレワークで自宅勤務だったが、たまに現場へ出向くこともあった。
 ただ、今日のように、トラブルでの急な出勤はめずらしかった。
「さんぴん茶、飲む?」
 節子が訊く。
「うん」
 竜星は返事をし、楢山の横に座った。テーブルに出ていたサーターアンダギーに手を伸ばし、かじる。
 節子はキッチンに行き、冷たいさんぴん茶を注いだコップを持って、戻ってきた。竜星の前に差し出す。
「ありがとう」
 竜星は口の中に残ったサーターアンダギーを酸味の利いたさんぴん茶で流し、飲み込んだ。
「真昌は?」
 節子が対面に座り、竜星を見つめる。
「勉強してるよ」
「あいつ、昼めしも食ってねえぞ」
 楢山が言う。
「集中してるんだよ。試験まで一カ月切ったからね」
 竜星は手に持ったサーターアンダギーを食べきった。
「どうだ、真昌は?」
 楢山が心配そうに訊く。節子も竜星に目を向けた。
「受かるかどうかはなんとも言えないけど、勝負できるところまでは来てるよ。あとは運かな。問題が真昌に合えば、いける」
 竜星が答える。
「そう。真昌は大丈夫そうなの」
 節子が笑顔を見せる。
「受けてみるまでわからないけど、期待はできるよ」
「なら、楽しみね」
 節子は目尻に深い皺を刻み、目を細めた。
「おまえはどうなんだ?」
 楢山が訊いた。
「進路は決めたのか?」
「だいたいね」
「だいたいって、おまえ......。金のことなら、心配しなくても」
「そういうんじゃないんだよ」
 楢山の言葉を遮る。

(続く)

もぐら新章4

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄や東京の暴力団組織との戦闘を乗り越えてきた竜星。親友の安達真昌とともに切磋琢磨しながら、将来を模索していたが、高校卒業を目前に繰り広げられた死闘によって傷を負った。(もぐら新章『血脈』『波濤』『青嵐』)
傷からの回復に専念しつつ、竜星は大学進学を、真昌は警察官試験の受験を一年延期し、自らの進む道を改めて見つめ直すことにしたが……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が120万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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