もぐら新章4第十四回

第一章

3(続き)

 芦田は市島の胸ぐらをつかんだ。上半身を起こす。
「リナちゃんに何かあったら──」
「何があるんだ?」
 市島は芦田の首裏に右手を当てた。
 引き寄せ、頭突きをかます。
 鼻梁が歪んだ。
 手を離すと、芦田は背中から倒れ、床に後頭部を打ちつけた。頭部がバウンドし、鼻から流れる血が飛散した。
「リナが無事でいられるかどうかは、おまえの返事次第だ。おまえの言う〝何か〟が起こったとすれば、それはおまえのせいだ。おまえが金を出し渋ったせいで、あの女は──」
「わかった! 待ってくれ!」
 芦田は声を張り上げた。
 大きく胸を膨らませて、呼吸をする。
「金は用意する」
「どうするつもりだ?」
「会社が保有している暗号資産の一部を売る」
「盗むのか?」
「拝借するだけだ。いずれ、返す」
「どこにあるんだよ、暗号資産は?」
「社長室の金庫に保管している」
 芦田が言うと、市島はにやりとした。
 それを見て、芦田はすぐ釘を刺した。
「君たちが盗んだところで、金にはならないぞ。パスフレーズがわからない限り、データの取引はできない」
「なんだ? そのパスフレーズというのは」
「パスワードのようなものだ。一つの文章になっていることが多い」
「へえ、そんなのがあるんだな」
 市島は感心してみせる。
「でも、おまえが一部を拝借して売るということは、パスフレーズを知っているんだろ?」
 にやりとした。
 芦田の顔が一瞬強ばった。
「知らん」
 否定するものの、市島は見透かしたように目を細めた。
「本当に知らない。社長に事情を話して、借りるつもりだ」
「おれたちのことを話すってのか? それとも、自分の恥部を暴露するのか? 現実的じゃねえなあ。まあいい。パクってくるわ」
「それじゃあ、意味がないと──」
「おまえがパスフレーズを知ってりゃ、それでよし。知らねえなら、おまえんとこの社長を脅すか、どこかに横流しするかで金にはなる。その金が入ったら、おまえとリナは解放してやるよ。おれたちの件は絶対口外しねえって条件でな」
 市島は立ち上がった。背を向け、仲間と共にドア口へ歩いていく。
 仲間の一人が、手に持っていたパンを床に放った。
「待て! 待ってくれ!」
 芦田が仲間の男の足にしがみつく。
 男は芦田の顎を蹴り上げた。
 芦田は仰向けに倒れ、白目を剥いて、意識を失った。

(続きは、春に刊行される文庫でお楽しみください)

もぐら新章4

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄や東京の暴力団組織との戦闘を乗り越えてきた竜星。親友の安達真昌とともに切磋琢磨しながら、将来を模索していたが、高校卒業を目前に繰り広げられた死闘によって傷を負った。(もぐら新章『血脈』『波濤』『青嵐』)
傷からの回復に専念しつつ、竜星は大学進学を、真昌は警察官試験の受験を一年延期し、自らの進む道を改めて見つめ直すことにしたが……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が120万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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