もぐら新章4第八回

第一章

2(続き)

 夜の仕事に見切りをつけたい女性たちが噂を聞きつけ、ゆいまーるに集まるようになった。
 しかし、問題もあった。
 昼夜逆転生活を長く送ってきた者にとって、朝型生活に切り替えることは苦行に等しい。
 初めのうちは、みんな、日中に働いて夜に寝る、いわゆる〝普通の生活〟を夢見てがんばるのだが、数々の規則、長い拘束時間、安い月給などで心が折れ、元の生活に戻っていく新人が続出した。
 人は来るけれど、定着しない。
 その事象は、ゆいまーるが人材派遣部門を始めるきっかけとなったが、短期労働で集めたところで、定着率の向上には寄与しない。
 紗由美は仕事を教えつつ、彼女たちの悩みを聞いて少しずつ職場環境を整え、夜から昼への移行ができるよう、社内体制を改善していった。
 ゆかりの場合、日中の仕事に切り替えるにあたって、二つ問題があった。
 一つは、子供の保育所問題だ。ゆかりは、一人息子を夜間の保育所に預けていたが、日中の仕事に変わるため、昼に預かってくれる場所を探していた。しかし、なかなか見つからず、困っていた。
 ゆかりの両親は県内にいる。が、事情があって、両親を頼るわけにもいかない。夜の街で働いている女性には、そうした事情ありの者も多い。
 紗由美は会社と掛け合い、勤務時間中の託児所を設置するよう要望し、無認可の預かり所を作ってもらった。
 もう一つは、他の転業者と同じく、日中の時間帯に体が慣れないという問題。
 コールセンターは二十四時間稼働しているので、社内で、夜の街からの転業者は夜間専門に回せばいいという意見もあったが、それでは根本解決にならない。
 紗由美は人事と話し合い、シフトを徐々に日中に切り替えていく仕組みを作り、まだ体を慣らしていない新人がいきなり日中フルタイムで働くことがないようにした。
 また、シングルマザーにはある程度、時間の融通が利くようにしたことで、定着率は上がってきた。
 さらに紗由美は、夜の街から転職してきた女性たちの相談に、親身になって乗ってきた。
 紗由美自身、夜から昼へ暮らしを転換するのに苦労した。前職を知った人たちから、あらぬ噂を立てられたり、侮蔑されたりしたこともある。
 職業に貴賤はないと言うが、それは表向き。やはり、夜の仕事に就いていた者を憫笑する人たちが多いのも現実だ。
 その目に見えにくい差別意識のようなものに嫌気がさす子も多く、紗由美は自身の経験も語りながら、彼女たちのメンタルもフォローしてきた。
 紗由美が人材派遣部門へ移ることになった時、そうしたフォローアップの面が気がかりだった。
 そこを引き受けてくれたのが、ゆかりだった。

(続く)

もぐら新章4

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄や東京の暴力団組織との戦闘を乗り越えてきた竜星。親友の安達真昌とともに切磋琢磨しながら、将来を模索していたが、高校卒業を目前に繰り広げられた死闘によって傷を負った。(もぐら新章『血脈』『波濤』『青嵐』)
傷からの回復に専念しつつ、竜星は大学進学を、真昌は警察官試験の受験を一年延期し、自らの進む道を改めて見つめ直すことにしたが……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が120万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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