もぐら新章4第三回

序 章(続き)

「ごめんなさい。ごめんなさい......」
 リナが腕の中でうわ言のように詫びる。
「いいんだよ」
 芦田は優しく声をかけ、市島を見上げた。
「いくらだ?」
「あ?」
 市島が首を傾け、見下ろす。
「彼女の借金はいくらだ?」
「払ってくれるのか?」
「ああ、払う。昔で言う、身請けだ。それで手を打ってくれないか?」
 芦田はまっすぐ見つめ、言った。
「かまわねえけど、払えるか?」
「いくらだと訊いてるんだ」
「一億」
 市島が言った。
 さすがに芦田も驚きを隠せない。
 が、もっと驚いたのはリナだった。顔を上げ、市島を睨む。
「私、そんなに借りてないよ!」
「いくら借りたんだ?」
 芦田が訊いた。
「七百万。整形手術の費用に......」
「そうか」
 芦田が再び、市島を見上げる。
「七百万が一億とは個人貸しでも暴利だ。せめて、倍がいいところだろう」
 芦田が返す。
「おいおい、おまえが決めるこっちゃねえんだよ。貸したのはこっち。借りた側がごちゃごちゃ言うんじゃねえ」
「倍でも法定利率は超える。それを認めようと言ってるんだ。それ以上吹っかけるなら、出るとこに出るよ」
 芦田は強気を崩さなかった。
 リナとの未来のため、ここは意地でも退けない。
 人生を懸けた勝負があるならここだと思った。
「法律を振りかざすつもりか?」
「君が無茶を取り下げてくれない限りね」
「法律で戦おうってのか。たいしたもんだ」
 市島は笑った。
 そしていきなり、芦田の横っ面を右の靴底で蹴った。
 芦田はリナを抱いたまま、横倒しになった。左側頭部を打ちつける。皮膚が切れ、血が流れ出た。
 市島が歩み寄る。そして、頭を踏みつけた。
 芦田の頭がタイルでバウンドした。血が飛び散る。意識がもうろうとする。
 リナが覆い被さった。
「やめて!」
 市島を睨む。
「おまえ、本気で惚れたのか。いいねえいいねえ。おれ、幸せそうなカップルを見るとな」
 市島の顔から笑みが消える。
「反吐(へど)が出るんだよ」
 リナの顎先を蹴り上げる。
 リナの顔が撥ね上がる。意識が一瞬にして飛ぶ。仰向けに倒れ、後頭部を強く打ちつけた。
 芦田は体を起こそうとした。脇腹に市島の足の甲がめり込んだ。
 芦田は体を折って腹を押さえ、呻き、震えた。
「知ってるか? 法律で戦えるのは、無限に金を持ってるヤツか──」
 市島が冷ややかに見下す。
「生きてるヤツだ」
 顔面を蹴り上げた。
 折れた歯と血糊が飛び散り、囲んでいた女にかかる。
「なんだよ! きたねえな!」
 女は汚物がかかったかのように大げさに騒ぎ、芦田の顔をヒールの踵で踏みつける。芦田の頬に穴が開く。
 それをきっかけに、他の男女が芦田とリナに暴行を加えた。二人ともぐったりとしてやられ放題やられていた。
「殺すなよ。めんどくせーから。遊び飽きたら、ビルの地下に連れてこい」
 市島はそう指示をすると、その場を離れた。
「リナ......ちゃん......」
 芦田はタイルを掻きむしり、リナに近づこうとした。
 震えながら、腕を伸ばす。
 その指がリナに届こうとした時、強烈な蹴りを頭部に浴び、視界が途切れた。

(続く)

もぐら新章4

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄や東京の暴力団組織との戦闘を乗り越えてきた竜星。親友の安達真昌とともに切磋琢磨しながら、将来を模索していたが、高校卒業を目前に繰り広げられた死闘によって傷を負った。(もぐら新章『血脈』『波濤』『青嵐』)
傷からの回復に専念しつつ、竜星は大学進学を、真昌は警察官試験の受験を一年延期し、自らの進む道を改めて見つめ直すことにしたが……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が120万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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