2020 06/26
私の好きな中公新書3冊

まっすぐこちら向きの書物たち/丸橋充拓

河上麻由子『古代日中関係史 倭の五王から遣唐使停止後まで』
冨谷至『古代中国の刑罰 髑髏(されこうべ)が語るもの』
小長谷正明『ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足 神経内科からみた20世紀』

並んだタイトルがどれもまっすぐこちらを向いていて、扉を開けば、知りたい世界へすんなりいざなってくれる。そんな調子だから、本屋を歩けどネットを泳げど「ジャケ買い」の手がつい伸びる。かくして書棚の「ダークグリーン率」は、高水準をキープする。

中国史ものに限っても、古くは宮崎市定『科挙』や貝塚茂樹『史記』のような大古典に始まり、東洋史界を強力牽引中の岡本隆司『中国の論理』『東アジアの論理』、直近では落合淳思『殷―中国史最古の王朝』や佐藤信弥『周―理想化された古代王朝』など新進研究者に至るまで多士済々。そのつど多くを学んだ本ばかりだから、「ベストスリー」的な選び方はちょっと難しい。そこで「最近」「学生」「変化球」という切り口から、3点を選んでみた。

「最近」作からは『古代日中関係史』。仏教を(文化史ではなく)外交史の枠組みでとらえる著者オリジナルの視角が利いている。仏教は、北の草原世界と南の海域世界、さらには極東までをもカバーする。さながら「中華帝国包囲網」の趣。この普遍性を示されてしまうと、華夷秩序はもはやローカルな世界観にしか見えない。

「学生」人気では『古代中国の刑罰』。古代史に興味を持つ学生は、どういうわけか多くが刑罰好き。数年に一度は漢代刑罰史で卒論を書く学生がいて、研究室図書の貸出回数も本書がナンバーワン(これに続くのが三田村泰助『宦官』)。テーマ自体の面白さもさることながら、その文体から著者自身の口吻や「熱」が滲み出し、読者を絡め捕っているように思えてならない。

『ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足』は珍しい「変化球」系の書名。各国の指導者や著名人のライフ・ヒストリーを、「病」を切り口に再現していく。大文字の歴史としてしか知らなかったあの事件、この事件が、個人の肉体の揺らぎに結びつけられ、読者の前に生々しく立ち現れる。20世紀を少し遠目に眺められるようになったいま、改めて新鮮に映る一書と思う。

丸橋充拓(まるはし・みつひろ)

1969年、群馬県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。島根大学学術研究院人文社会科学系教授。専門は中国隋唐史。著書に『唐代北辺財政の研究』(岩波書店)、『江南の発展 南宋まで』(岩波新書)などがある。