2019 11/15
私の好きな中公新書3冊

広き門より入る/須賀しのぶ

渡辺克義『物語 ポーランドの歴史 東欧の「大国」の苦難と再生』
今井宏平『トルコ現代史 オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで』
池内紀『闘う文豪とナチス・ドイツ トーマス・マンの亡命日記』

学生のころから現在に至るまで、中公新書には大変お世話になっている。未知の国や時代を調べる時に、最初に手にとることが多い。その分野の第一人者の手による記述は広くわかりやすく、偏りも少ない。これは入り口としては非常に大事だ。広く公平な門から入らないと、その後の道も狭く偏りがちになる。

好きな本は多々あるが、重複を避けるため、近年読んだ中で3冊を選んだ。

有名な「物語○○の歴史」シリーズは、その国の入門書として最適だ。物語の形をとると、歴史は一気に頭に入ってくる。『物語 ポーランドの歴史』は欧州の中心にして、世界でも指折りの複雑かつ激動の歴史がわかりやすく一望できる。ありがたい。シリーズでは最近ナイジェリア編も出版されたようだが、この勢いで世界中を網羅してほしい。

日本でトルコ史といえばだいたいオスマン・トルコまでで、ムスタファ・ケマルの共和国樹立で時間が止まっている人は少なくないと思う。『トルコ現代史』では、国是であるはずの政教分離の世俗主義から、いかにイスラム色の強いポピュリスト・エルドアン大統領に至ったか、よく理解できる。その上で再び20世紀以前に戻ってみると、今に至る潮流があちこちにあり、歴史とは本当に繰り返しだなと感じる。

入門とは言えないかもしれないが、『闘う文豪とナチス・ドイツ』に見る文豪トーマス・マンの姿と、彼の目を通したこの時代の姿は興味深い。亡命していてなお、マンの国際情勢と戦況予測は驚くほど的確で、彼が分析力にきわめて優れていたことがわかる。しかしそれゆえに戦後、祖国の民衆からも拒絶された事実や、亡命作家たちの微妙な人間関係や立場を見るにつけ、いかに人間をよく知る者でも心はどうにもできぬのだなと思う。

優れた概説としての本はもちろん、独自な切り口をもつラインナップも豊富なのが中公新書の魅力だ。おかげで今年も着々と書棚の新書が増えている。

須賀しのぶ(すが・しのぶ)

1972年、埼玉県生まれ。上智大学文学部史学科卒業。1994年、『惑星童話』でコバルト・ノベル大賞読者大賞を受賞し、デビュー。近現代史をテーマにした作品を数多く手がけている。「芙蓉千里」3部作(角川書店)でセンス・オブ・ジェンダー大賞受賞。『革命前夜』(文藝春秋)で大藪春彦賞を受賞し、吉川英治文学新人賞候補に。『また、桜の国で』(祥伝社)で高校生直木賞受賞。同作は直木賞候補にノミネートされた。


撮影:鈴木慶子