2022 10/20
中公新書の60年

時代を超えた価値/北岡伸一【ここから始める中公新書 政治編】

政治に関する中公新書のなかで、まず手に取ってほしい本として、芳賀徹『大君の使節』(1968年)を挙げたい。幕末の1862年に日本を発ち、フランス、イギリスさらにはロシアまで訪問した遣欧使節団を描いた作品である。福澤諭吉をはじめとしたメンバーがいかに必死に西洋を見てきたかがいきいきと描かれており、当時の日本人の旺盛な好奇心と強烈な使命感が伝わってくる。

佐伯彰一・芳賀徹(編)『外国人による日本論の名著』(1987年)を読むと、幕末以来、外国人も日本のことを興味津々で見てきたことがわかる。アーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新』など黎明期の観察から、戴季陶『日本論』などアジアの視点まで、深い洞察から生まれた42作を一望にできる。

しかし、日本は欧米との戦争に進んでしまった。そこで欠けていたのが戦略的思考だった。岡崎久彦『戦略的思考とは何か』は1983年に刊行されて広く読まれた。著者は外交官出身のオピニオンリーダーとしてその後長く活躍する。内容からすると、今なら『地政学的思考とは何か』という書名がつけられたかもしれない。冷静な客観的分析の重要性を指摘した本書は、近代を振り返るためにも、現代を考えるためにも、今なお一読を勧めたい。

敗戦後、日本は連合国に占領される。戦後の日本占領をバランスよく描いた作品が、福永文夫『日本占領史 1945-1952』(2014年)だ。占領期には、日本にとって不愉快なこともあったし、政策の失敗もあった。ただ、あれほどの戦争をした国同士が同盟国となったのは、そうあることではない。本書はアメリカに「押しつけられた」面ばかりでなく、日本側のイニシアティブをきちんと評価し、本土と異なる対応がなされた沖縄についても論じている。現代日本政治の出発点を考えるためにも、戦後の占領改革について知っておいたほうがいい。

現代日本政治を分析した新書のうち、出色のもののひとつが飯尾潤『日本の統治構造』(2007年)。「官僚内閣制」と化した日本の政治を本来の議院内閣制に転換するにはどうすべきか。「良き政治主導」は道半ばということを考えると、今後のためにも読む価値があるだろう。

最後に、今野元『ドイツ・ナショナリズム』(2021年)に触れたい。本書には、国連をめぐる記述など同意できない点もいくつかある。それでも、ヨーロッパにおける「普遍と固有」という視点からドイツのナショナリズムを描き出した魅力的な本だ。戦後構築されたリベラルな国際秩序に対する根源的な疑問を、ドイツを通じて提起したきわめて論争的な作品で、一読を勧めたい。

北岡伸一(きたおか・しんいち)

1948年生まれ。東京大学名誉教授・国際協力機構(JICA)特別顧問。東京大学教授、在ニューヨーク国連代表部大使、JICA理事長などを歴任。『清沢洌(増補版)』『後藤新平』『国連の政治力学』(中公新書)など著書多数。