2019 08/28
私の好きな中公新書3冊

広島で読む3冊/河炅珍

13年間暮らした東京を離れ、広島に引越してからちょうど1年が経つ。生活者としてはもちろん、研究者としてのアイデンティティもずいぶん変わった気がする。広島で手にしたなかから3冊を紹介したい。

ある授業でかつて日本の電力産業が行っていたPRキャンペーンを紹介したところ、原子力発電ブームに先立って生活に欠かせない電気の恩恵が大々的に描かれたことに学生たちは驚いた様子だった。受講生には広島出身者も多く、核の恐怖、原爆・被爆の問題については非常に詳しい一方で、核のもう一つのイメージ(豊かさのシンボル)についてはほとんど意識を向けないできたようだ。授業でも紹介した『核と日本人』は、戦後日本という言説空間に、平和学習では扱いきれない、核をめぐる表象があふれていることを教えてくれる。ゴジラやアトムなど、大衆文化のなかで核のイメージがどのように受容されてきたかを頭の片隅に入れておくことで、広島と核の歴史に対する理解も深まるはずである。

核が脅威をあたえる平和もまた、多角的に考えていかなければならない時代となっている。市民向けワークショップでよく話題となるのは、広島から世界への平和の発信だ。『文化と外交』が注目するパブリック・ディプロマシーは、政府や国際機関はもちろん、市民の平和運動にも求められる。"No More Hiroshima!"に込められた熱い思いを世界のなかの「誰」に向け、いかなる「メッセージ」に表わし、どのような「メディア」を使って伝えるか――。外交に対する感覚と作法は、これからの市民運動において重要な課題となるだろう。

戦争、原爆、被爆、軍縮、平和運動などをテーマに多くの研究が広島を語り、歴史と向きあってきたが、探求し尽くされていない可能性も感じられる。その糸口を、スポーツに見出すこともできるだろう。とくに、広島東洋カープに代表される野球は、独特な文化の共同体を形成するくらい圧倒的な存在感を放つ。『スポーツ国家アメリカ』が光を当てる、民主主義と資本主義の狭間で社会とその構成員を統合し、アイデンティティを形成するスポーツの役割は、日本、とくに広島にも当てはまる話だと思う。1998年に刊行された佐山和夫『ベースボールと日本野球』もあわせて読みながら、戦後復興と時を同じくして歩み出したカープの歴史とその意味を考えてみたい。

河 炅珍(ハ・キョンジン)

1982年、韓国生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。東京大学大学院情報学環助教などを経て、2018年より広島市立大学広島平和研究所准教授。専門は、社会学、メディア・コミュニケーション。単著に『パブリック・リレーションズの歴史社会学――アメリカと日本における〈企業自我〉の構築』(岩波書店、2017)。