2018 10/17
私の好きな中公新書3冊

新書で垣間見る、学者の魂/川添愛

野崎昭弘『詭弁論理学 改版』
佐藤彰一『剣と清貧のヨーロッパ 中世の騎士修道会と托鉢修道会』
渡辺正峰『脳の意識 機械の意識 脳神経科学の挑戦』

現在、新書にもさまざまなものが出ているが、「その道の専門家が書いた、一般向けだが中身のしっかりした本」というスタンスを崩さない新書には、普段からたいへんお世話になっている。

中公新書の中でことあるごとに読み返しているのは、野崎昭弘氏の『詭弁論理学』である。馬鹿げた主張がまかり通る世の中にうんざりしている人は多いと思うが、これを読むと、「きちんと論理的に議論する」ことがいかに大変かがよく分かる。著者の野崎氏は偉大な数学者であり論理学の専門家だが、その著者ですらしばしば他人の強弁・詭弁に翻弄されてしまうのだ。しかしその描写はあくまでユーモラスかつチャーミングであり、また豊かな学識に裏打ちされた著者のまっすぐな精神があちこちに垣間見えて、「やっぱり論理(そして教養)は大切だ」と毎回頷かされるのである。

完全に専門外だが、ここ最近中世ヨーロッパの修道院制について調べる機会があり、非常にお世話になっているのが佐藤彰一氏による「修道院制三部作」である。中でも最近出版された三冊目『剣と清貧のヨーロッパ』は、中世盛期に成立した異色の修道会――騎士修道会と托鉢修道会について論じた刺激的な一冊だ。騎士修道会が修道会と戦闘集団という二つの顔を併せ持つに至った過程などは、現代の宗教闘争に関心がある人にも興味深く読めるはずだ。修道院制の誕生と広がりを描いた『禁欲のヨーロッパ』『贖罪のヨーロッパ』を読んでおけばさらに面白さが増すので、併読をお薦めしたい。

また最近のヒットは、渡辺正峰氏の『脳の意識 機械の意識』である。感想を一言で言うと、非常に「アツい」。AIだシンギュラリティだと騒がしい昨今、この分野の研究者はものすごく忙しいはずだが、その合間を縫ってこのような本を出してしまう著者に並々ならぬ情熱を感じずにはいられない。「意識」という曖昧なものに科学的に切り込むためのアイデアや、実験の困難とその克服を語る研究史は実にエキサイティングだし、アカデミアに対する著者の問題意識も面白い。そして極めつけは、機械に意識が持てるかどうかを証明するための「驚きの実験方法」である。かなりぶっ飛んだ提案なので、あくまで普通の人生を送りたい私から見ると怖くはあるが、夢のある話ではある。実験台にはなりたくないが、ぜひ結果は教えて欲しい。

中央公論新社さんには今後も、これらのような「門外漢にも学者の魂を感じさせてくれる新書」を出し続けていただきたい。

川添愛(かわぞえ・あい)

1973年、長崎県生まれ。作家。2005年九州大学大学院にて博士号(文学)取得。専門は言語学、自然言語処理。2012年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に『白と黒のとびら』『精霊の箱』『自動人形の城』(いずれも東京大学出版会)、『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』(朝日出版社)、『コンピュータ、どうやってつくったんですか?』(東京書籍)がある。