2018 09/07
私の好きな中公新書3冊

胸がときめく生物の世界/岡西政典

西村三郎『チャレンジャー号探検 近代海洋学の幕開け』
本川達雄『ゾウの時間 ネズミの時間 サイズの生物学』
鈴木紀之『すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く』

私の専攻する生物学分野では近年、DNA解析技術の発達に伴い、医療現場への応用や、環境問題の解決につながるようないわゆる「分子生物学」が隆盛している。しかしながら、フィールドワークを研究活動の母体とする私が最も胸をときめかせるのは、この地球上の生物の生き様や、息をのむような美しい形態を目にした瞬間である。そのような現象を解明せんとする分野は「マクロ生物学」と呼ばれ、私の研究室と自宅の本棚を漁ると、やはりそのような分野の以下の三冊が目についたので、紹介したいと思う。

西村三郎著『チャレンジャー号探検』は、イギリスの「チャレンジャー6世号」による世界初の大規模海洋調査(1872-1876)の様子を詳細に記した一冊である。この調査は今なお海洋生物学史に影響を与え続けている偉大なものであり、本書の発刊当時から100年以上前に敢行されている。にも関わらず、その背景から実施、成果にいたるまでが、まるで見てきたかのような臨場感に溢れる文章で細部まで巧みに綴られている。海洋生物学志望者だけでなく、海や生物、ひいてはアウトドアが好きな一般の読者にも胸を張っておすすめできる壮大な冒険譚である。特に、人類が初めて接するような深海生物の描写の数々は、生命への畏怖の念を読者に与えてくれるほど精緻かつ妖艶であり、それだけでも一読の価値があろう。

本川達雄著『ゾウの時間 ネズミの時間』は、生物学だけでなく、「人はどう生きるべきか」という人生観を見つめなおす機会を私に与えてくれた一冊である。「すべての動物の一生における拍動回数の上限は決まっており、その相対的な「生きるスピード」は、ゾウであろうとネズミであろうと同じである」。マイナーな生物を研究している私は、本書から、すべての生物の研究には意義があるのだ、と勝手ながら勇気づけられたことを覚えている。また本書は、生物学を学ぶことによって、人生を「肩の力を抜いて」捉える方法を教えてくれる。

鈴木紀之著『すごい進化』は、進化学を日本語で一般に紹介した、数少ない良書だと思う。進化学とは、私にとって、地球の環境変動という巨大なスケールの時間軸上で、生命の中に刻み込まれている様々に絡み合った生命現象そのものの研究であり、難解な学問分野であった。しかしながら本書は、身近な昆虫の行動や形態を主に紹介しながら、その裏にある「適応」と「制約」のせめぎあいから、進化の実際をわかりやすく解説してくれる一冊である。ただし新書でありながらその内容は深く、進化生物学の入門書としてはもちろん、一般向けの読本としても推薦ができる。

岡西政典(おかにし・まさのり)

1983年高知県生まれ.東京大学大学院理学系研究科博士課程修了.東京大学博士(理学).2017年より東京大学大学院理学系研究科特任助教.2014年,学術クラウドファンディング「academist」に「深海生物テヅルモヅルの分類学的研究」の研究課題で資金を獲得し,学術論文を発表し話題になる.
著書『深海生物テヅルモヅルの謎を追え!』〈フィールドの生物学〉シリーズ(2016年,東海大学出版会).

写真は「テヅルモヅル」の標本.植物のように見えて,実はウニやヒトデの仲間
チームてづるもづるのHP:http://www.tezuru-mozuru.com/