2017 06/09
著者に聞く

『すごい進化』/鈴木紀之インタビュー

進化はすごい、と思わせる生き物はたくさんいます。ハナカマキリやコノハチョウは花や枯れ葉にそっくりの姿に擬態し、天敵や獲物の目を欺きます。その擬態の精妙さには目を瞠るものがあります。
進化はすごくない、と思わせる生き物もいます。擬態の例でいえば、(天敵でも獲物でもない)ヒトにさえ簡単に見分けられるような「下手な擬態」がそうです。
ところが、そうした不完全な姿こそが、彼らにとってベストな選択だとしたらどうでしょう。「すごくない進化」に見えるのは、実は私たち人間がかれらの秘密の生存戦略にまだ気付いていないだけで、本当は「すごい進化」なのだとしたら……?
進化のミステリーに迫る『すごい進化』、その著者の鈴木紀之さんに話を聞きました。

――本書の執筆動機を教えてください

鈴木:小さい頃から昆虫が好きで、テントウムシの研究で博士号を取って、その後も大学で生態学の授業を教えたりしながら研究を続けてきました。

自分では誇りをもって「進化生態学者」と名乗っていますが、それだけだと実際には何を考えて何をやっているのか、伝わりにくいですよね。サラリーマンだった父親からすると、夏休みの自由研究の延長線上にあるようなことをしてなんで飯が食っていけるのか、とても不思議に見えたみたいです。

だから自分の研究のおもしろさをもっと広く知ってもらいたいと思っていました。もっとも、研究の内容を聞かれたときに「テントウムシとかチョウの生態」と答えると、たいてい「かわいいですねー」とか「どういう役に立つんですか」とか、そういう反応が返ってきます。

ですが、進化の研究には、単に生き物の生態を調べて雑学的な知識を増やしていく以上のものがあります。進化という現象の裏には、昆虫にも動物にも植物にも、もちろん人間にもあてはめられるような深遠なロジックが横たわっているんです。そういうディープな話は、なかなか口頭では伝えられませんし、ネット上の雑多な情報では理解してもらうのに不十分なので、やっぱり一冊の本としてじっくりと表現してみたかった。

――本書ご執筆中にアメリカに渡りましたが、アメリカでも何か発見はありましたか?

鈴木:学会で訪れたフロリダでは外来種のトカゲがはびこっていて、在来種のトカゲのほうは追いやられていました。テキサス南部ではメキシコから亜熱帯のチョウがどんどん飛んできて、当たり前ですが生き物には国境は関係ないんだなあと。カリフォルニアでワインの産地として有名なナパでは、おもしろい進化現象が見られる淡水魚(イトヨ)の生態について第一線の研究者から話を伺うことができました。いずれもアメリカに行かなければ得られなかった経験です。

これらのトピックも本書に盛り込んだので、世界のいろいろな生物の生態にも関心を持っていただければと思います。

数千キロも「渡り」をすることで知られるオオカバマダラ

――DNA解析などの技術も年々“進化”していますが、そうしたアプローチについて、鈴木さんはどのようにお考えですか?

鈴木:テクノロジーの発展にはすさまじいものがあって、数年前には最先端だった機器がもう時代遅れの代物になっています。進化とはつまるところ「DNA配列が世代をこえて置き換わること」といえますが、かつてはブラックボックスだったそのDNA配列を簡単に解析できるようになり、今ではまさに「進化の実体」を動かぬ証拠として捉えられるようになってきました。

でも、いくらテクノロジーが発展しようとも、進化の研究には難攻不落の問いが残されます。どうしてかというと、「どこのDNA配列が変化したか」とか「祖先はどんな特徴を持っていたか」といった事実(モノ)だけでなく、「なぜそのような進化が生じたのか」という誘因(コト)も問われているからです。

こうした捉えどころのないコトを理解するためには、まだまだアイデア勝負な部分があります。つまり、技術の発達だけでなく、発想の転換も求められるということですね。それから、そのアイデアが本当に現実と合っているのか、いろんな生き物を見渡せる生物学的なセンスも欠かせないと思います。

――では、本書の魅力を教えてください

鈴木:ぼくはサイエンスライターじゃなくて研究者なので、自分で取り組んできた研究については臨場感をもって伝えることができたかなと思います。たとえば「なぜ他の種類のメスにも間違って求愛してしまうのか」「なぜ成長にとって良くないエサを選んでしまうのか」といった、一見すると不合理に見える選択の謎に注目しています。

他の方の研究を紹介する際は、まだどこでも取り上げられていないような、最先端の掘り出し物をピックアップしました。研究の世界に身を置いているからこそ入ってくる情報ってやっぱりありますよね。

特に、「なぜ性はあるのか」という問いは進化学最大の謎と言われていますが、専門家の間でさえも知られていない最新の仮説を紹介しました。これまでの常識をひっくり返してしまうような斬新なアイデアですので、知的なエンターテイメントとして楽しんでいただければ。

――鈴木さんの今後の研究のご予定は?

鈴木:「いやいや進化論」(本書p.102)を突き詰めていきたいですね。

生き物のすごい行動とか形って、その環境によく適応したものになっています。しかし、そうした適応には必ず何らかのコストを伴っているはずです。たくさんの栄養を消費しているとか、他の機能を犠牲にしているとか。だから、私たちがあっと驚くような、うまく出来ている特徴ほど、多くの犠牲を払って「いやいやながら」「仕方なく」進化してきたんじゃないかなと。

こうした「いやいや進化」の背景にある進化の力学 を調べていきたいと考えています。

――それでは最後に、読者に一言お願いします

鈴木:意外に思われるかもしれませんが、生き物のことをどんなに詳しくなったって、進化のことを理解できるようになるとはいえません。進化の諸相を理解するためには、専用のレンズというか、これまでとは違った見方が大事になってきます。

ところがひとたびそうした見方を身につけてしまえば、今まで見てきた生き物の風景ががらっと変わります。意志も何もないところから、よくもまあこんな世界が出来上がったなあと。本書を読むことで、進化を見つめる専用のレンズを身につけ、ぼくが研究の現場で日々味わっている感動を多くの方と共有できればと願っています。

鈴木紀之(すずき・のりゆき)

1984年神奈川県横浜市生まれ.2007年京都大学農学部資源生物科学科卒業,12年京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻博士課程修了(農学博 士).09年ウガンダのマケレレ大学に短期留学.日本学術振興会特別研究員(東北大学東北アジア研究センター),宮城学院女子大学非常勤講師, 立正大学地球環境科学部環境システム学科助教などを経て,16年2月より,米カリフォルニア大学バークレー校環境科学政策マネジメント研究科に 日本学術振興会海外特別研究員として在籍.専門は進化生態学,昆虫学.