2017 08/10
私の好きな中公新書3冊

幸せな新書たち/岸政彦

筒井淳也『仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』
白波瀬達也『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』
櫻澤誠『沖縄現代史 米国統治、本土復帰から「オール沖縄」まで』

筒井さんが『仕事と家族』を出したとき、まず自分で1冊買って、そのあと間違えてもう1冊ダブって買ってしまい、あーあと思っていたら筒井さんから献本をいただき、ああと思っていたら、私の連れあい(齋藤直子)の分まで送っていただいて、だからウチには一時期、『仕事と家族』が4冊あった。4冊あるうち、1冊は自分用に、もう1冊は連れあいが持って、あと2冊は卒論を書いている私の学生に貸したら、返さずにそのまま卒業していった。

新書は天下の回りものである。『仕事と家族』のような、よく売れて、天下をぐるぐると回っていく新書は、とても幸せだと思う。ぐるぐる回る新書は、社会にとって非常に重要な存在だ。ここにあげた3冊のような、優秀な研究者たちが全力で書いた新書の力を借りて、私たちは少しだけ賢く、合理的に、そして幸せになることができる。

女子の生き方、家族と結婚、モテと非モテ、ライフワークバランス、そうしたテーマで卒論を書こうとする学生にまず読ませるのが、筒井淳也の『仕事と家族』だ。

白波瀬達也の『貧困と地域』は、大阪の釜ヶ崎とよばれる「ドヤ街」がどのようにして成立し、そしてどのように変化してきているかを、最新の知見を織り込んで描いた労作である。その記述はとても誠実だ。

櫻澤誠の『沖縄現代史』は、沖縄戦終結から現在の翁長知事の「オール沖縄」まで、政治・経済・社会にバランス良く目配りして書かれた良書である。沖縄の現代史について書かれた新書は、他社にもいくつかあるが、本書もこれから定番として読み継がれていくだろう。

一流の研究者が書いた、コンパクトで廉価な新書は、大量に流通し、ぐるぐると世の中をまわり、多くの人びとの手に取られて、私たちが自分たちの社会や、未来や、そして自分たち自身のことを考えるために役に立つ。つまみぐいでもいいし、いいとこどりでも、カンニングでもよい。もっと気楽に新書を手にとって、気楽に勉強することで、もっと世の中は良くなるだろう。

岸政彦(きし・まさひこ)

1967年生まれ。大阪市立大学大学院文学研究科社会学専攻後期博士課程単位取得退学。博士(文学)。2006年より龍谷大学教員、2017年より立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。著書に『同化と他者化』(ナカニシヤ出版)、『街の人生』(勁草書房)、『断片的なものの社会学』(朝日出版社)、『ビニール傘』(新潮社)、共著に『愛と欲望の雑談』(ミシマ社)、『質的社会調査の方法』(有斐閣)など。