- 2024 12/19
- 著者に聞く

きょうはどんな果物を食べましたか? 品種名はなんでしたか? おいしかったですか? どんな味でしたか?
気候の変化に富む日本では、さまざまな果物が作られています。その歴史、人々との関わりを知れば、果物の選び方、味わい方がもっとドラマチックになるはずです。
『日本の果物はすごい 戦国から現代、世を動かした魅惑の味わい』を執筆した竹下大学さんに、どこが、どんなふうにすごいのかも含めてお尋ねしました。
――まず、前著『日本の品種はすごい』と本書の違いをお教えください。また、本書の特長についても教えてください。
竹下:どちらも農作物にまつわる一般にはほとんど知られていない情報を、歴史物語としてまとめたという点では、「取り上げる植物を変えただけかな」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。
ただ、著者としては続編という意識はまったくありません。
『日本の品種はすごい』は植物育種という世界を知ってほしくてまとめた本ですが、『日本の果物はすごい』の目的は、果物が日本社会にどれほど大きな影響を及ぼしてきたかを伝えることですから。
長距離走にたとえたら、前者はトラック競技の10000メートル走で、後者はマラソンになりますかね。したがって『日本の果物はすごい』の方が、より広い読者層に対して、世の中を見る目や果物を見る目が変わる体験を味わっていただけると考えています。またビジネスパーソンに対しても、発想力や着想力が刺激される時間を提供することを意図してもいます。
もちろん、『日本の果物はすごい』を読めば、いつもの果物がよりおいしく感じられるようになりますし、日々の食事の時間がより楽しくなることを実感していただけるのは間違いありません。
――本書に書かれていましたが、果物の消費量が減っている、とくに若い人が食べなくなっているというのは驚きでした。本書ではなぜ果物に焦点を絞ろうとお考えになったのでしょうか。
竹下:日本人一人あたりの果物の年間摂取量が、この50年間で半分以下に減ったのは紛れもない事実です。50年前と比較して果物はずっとおいしくなっているのにもかかわらずです。
あまりにも減り過ぎですし、おいしく変わってきたのにこれだけ食べなくなったというのも、ちょっと不思議な気がしますよね。
果物よりも安くて魅力的なお菓子が増えた、果物を家族で切り分けて食べることのできない単身世帯が増えた、といった直接的な原因も指摘されています。
これに対して私自身は、「果物への特別感」、つまりあこがれやありがたみが薄れてしまったせいなのではないかと考えています。だからこそ、いつのまにか存在感が低下していた果物に対する見方を変えることができれば、多くの人に新鮮な驚きを持ってもらえるのではないかと考えました。
また、野菜と違って果物は、たとえば「ぶどう」ではなく、「シャインマスカット」や「巨峰」のような品種名で流通していますし、品種名で選んだり品種による味の違いを確認しやすかったりします。つまり、本を読んだ後で買ったり食べたりという行動に移しやすい。加えて「果物が日本という国を動かしていた」という視点も面白い。そこで果物に光を当てようと考えました。
――イチゴやブドウは、品種も多いし、消費量も多いので、本書でこれらを取り上げることはなんとなく分かるのですが、カキやメロンは意外でした。竹下さんとしてはこれらの果物にたいしてどんな思い入れがあったのでしょうか。
竹下:カキとメロンを取り上げた理由ですか。鋭いところを突いてきますね。(笑)
理由は完全に対照的です。カキはまったくと言っていいほど「すごさ」が伝わっていないから、メロンは他の果物よりも特別な存在だと思われているからです。カキに対しては名誉挽回に一役買いたい気持ちで、メロンに対してはメロンならではの特別感に便乗しようという気持ちで取り上げました。
あらためて強調したいのはカキのすごさについてです。古代から日本人の暮らしにもっとも役に立ってきた果樹ですからね。講演会などで様々な果物についてお話しさせていただいても、みなさん、カキへの驚きが一番大きいようです。
――本書には北海道の夕張メロンや夏イチゴから沖縄のシークヮーサーまで、全国の果物が紹介されています。取材・調査のご苦労がありましたらお教えください。
竹下:調べるのは好きですし、現地取材では必ず思いがけない発見に出会いますから、苦労を感じたことはありません。収穫時期だと忙しくてご対応いただけない場合が多いことぐらいでしょうか。
雑誌などの取材記事と異なり、書籍の場合は割ける行数がかなり限られますから、伝えたいことをギュッと圧縮するのが大変でした。泣く泣く削ったエピソードもたくさんあります。特に農作物では、それぞれの栽培環境についての記載がないとイメージが湧きません。
さらに新書だとカラー写真を使えないため、光景を伝えられないジレンマがありました。正岡子規をはじめとする俳句をあちこちに散りばめた理由は、読者の脳内に景色が思い浮かぶ効果を狙ってです。
――本書の打ち合わせ時には、「品種改良の苦労話として提示したくない」とお話しだったのが印象的でした。読者向けにその真意についてもういちど説明していただけないでしょうか。
竹下:どんな開発行為にも苦労話はつきものです。それはそれで伝える価値はありますし、読者の知的好奇心に応えられるとは思います。
けれどもこうすると、読者の関心はどうしても苦労した人物に向いてしまいます。また、おいしさよりも貴重さが強調されてしまいます。
本書の主役はあくまでも身近な果物。果物を主語として、果物が日本の歴史に影響を及ぼしてきた史実を次から次へと提示した方が、読者に楽しんでいただけるに違いないと考えました。
自分で口に出すのは恥ずかしくてたまりませんが、本書は「6つの果物が織りなす大河小説」のつもりなのです。
――今後の抱負についてお教えください。
竹下:育種の世界と世の中を繋ぎ、社会の役に立ちたいです。とはいえ、私にやれることは限られます。「品種に興味を持つと日々の暮らしがより楽しくなる」。これをあの手この手で伝えていくつもりです。花もそうですし、肉もそう。いまは食肉用の品種改良の世界に関心が向いています。
農や食の将来に対する世の中の関心はかつてないほど高まっていますし、逆張りで江戸から明治の農と食の世界にも、私ならではの視点で切り込みはじめています。
――最後に読者、特に若い人に対して、「これだけは伝えたい」というものがありましたらお教えください。
竹下:「衣食住」と三大欲求(食欲・睡眠欲・性欲)の両方に入っているのは「食」だけです。この食に果物は彩りを与える存在と言ってもよいでしょう。
日本の果物には、秘められた歴史がたくさん詰まっています。これを知らずに口にしていたり、何となく果物を遠ざけてしまったりするのはあまりにももったいないと思います。果物の歴史に目を向けるとどれだけおいしさが増すか、日々の暮らしに喜びや感謝の瞬間がどれだけ増えるかを、ぜひご自身の舌と心で味わってみてほしいですね。
旅の楽しみだってこれまで以上に広がり、深まりますから。
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本書出版関連イベントがさまざまに催されました。現在もインターネット上で公開されているものは下記のとおりですので、どうぞご覧下さい。 ■『日本の果物はすごい』出版記念ディナー ■NHK「視点・論点」 ■『日本の果物はすごい』出版記念トークイベント(農文協・農業書センター)
「千疋屋総本店のレストランでフルーツを使った本格フレンチのコース!『日本の果物はすごい』出版記念ディナーに行ってきた」(furufumu)
「果物に付加価値を」
「歴史×育種で紐解く 日本の果物の魅力と可能性未来」