2022 02/22
特別企画

日本も中国も古代が熱い!(後編)/【鼎談】会田大輔・柿沼陽平・河上麻由子

古代中国を扱った中公新書が好評を博しています。それぞれ2021年10月、11月に刊行された会田大輔『南北朝時代―五胡十六国から隋の統一まで』、柿沼陽平『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』は発売前から話題になり、刊行後すぐに増刷がかかりました。また、2019年3月に刊行した河上麻由子『古代日中関係史 倭の五王から遣唐使以降まで』は複数の賞を受賞し版を重ねています。今回、同世代で普段から仲がよい三人による鼎談が実現しました。

前編はこちら

――それでは最後に、『古代中国の24時間』についてお願いします。

【内容紹介】始皇帝、項羽と劉邦、曹操ら英雄が活躍した古代の中国。二千年前の人々はどんな日常生活を送っていたのか。気鋭の中国史家が文献史料と出土資料をフル活用し、服装・食卓・住居から宴会・性愛・育児まで、古代中国の一日24時間を再現する。口臭にうるさく、女性たちはイケメンに熱狂、酒に溺れ、貪欲に性を愉しみ......。驚きに満ちながら、現代の我々ともどこか通じる古代人の姿を知れば、歴史がもっと愉しくなる。

会田:古代中国の日常がすごく細かく描かれていて、一見トリビアに見えるけど、そうしたディテールが集合することで当時の人々の生の姿が浮かび上がってくる。音や臭いまで漂ってくるすごいリアリティ! 読んでて面白かったです。

新書の構成としてはある一日が描かれているのに、誕生から老人までの一生も描かれている。歴史学者アラン・コルバンが、無名の一般人の一生を復元した『記録を残さなかった男の歴史』という本を書いているけど、柿沼くんはあえて一日を描くなかで一生を描いた、これが重要だと思います。

ところで、病気と死について記述が少ないのはなぜ?

柿沼:それは僕が描きたかったのが「日常」だったから。多くの人びとにとって、病気や死はやはり「日常」的なものではないから、それらは別の書物で描く必要があると思ったんだ。

それに、僕がとりあげた史料にはだいたい時間をしめす言葉が入っていて、そうした言葉から一日を再構成できるのだけど、病気や死に関する記録はあまり特定の時間とヒモづけられていない。

しかも、冠婚葬祭を語るためには儒教の伝統もからめないといけない。そうすると記述が膨大になってしまうので、それらについては禁欲的に書きました。

ただ、子育てや女性の生活史は描きたいと思っていたので、結婚については少し多めに書いたけどね。

河上:非日常について書くのが『古代中国の24時間2』だったりして(笑)。

柿沼:非日常も描きたいけど、そのまえにつぎは『裏社会の中国古代史』を書きたい。日常風景については今回典拠つきでみっちり書いたつもりなので、今後同じような場面を描くときには典拠を入れる手間が省ける。そのぶん裏社会に関する描写を充実させたい。

とくにいま書きたいのは、前漢・武帝期の郭解。カネで人を殺すようなチンピラどもを付き従える、最強・最狂のヤクザです。とんでもないエピソードがたくさんあるのに、誰もしっかりと書いてくれていない。郭解を主人公にしつつ、前漢時代の闇を描きたい。

会田:『古代中国の24時間』は図版と図表が充実しているのもありがたいよね。

時刻についての表現の一覧表から、物価の一覧表まで。知っていそうで知らない情報がまとまっているから、授業で使える。

河上:背丈を表すのに用いられる七尺、八尺が当時はどれくらいだったか書かれていたりね。

柿沼:当時の記録をひもとくと、八尺だと偉丈夫、容貌魁偉と書かれ、六尺以下だと兵役対象にならない。だから平均は七尺くらいなんだと思う。一尺23センチメートルだから、七尺は161センチメートルくらいかなぁ。

会田:それになんといっても巻末に列挙されている膨大な注がありがたい! これは正直僕たちもやりたかったよね。

河上:そう!! 本文であまりに面白いことを書いてあって、本当にこんな史料があるの? と思って注に行くと、え、あの有名史料にこんな記述が! みたいに、驚くことがたくさんありました。調査対象の広さが尋常じゃないと思った。

会田:普通は遠慮してやれないよ。それをやりきったのがすごい。

柿沼:これは編集部の大英断です。

今回はどうしても脚注を入れたかった。たとえば、文献資料の中に立ちションや寝ゲロの記載を見つけたけど、これに言及する場合、注記を入れないと他の人はまず典拠にたどりつけない。だからぜひ入れたかったのです。

ふつう新書だとそれは許されないから、編集者に認めてもらうための“お土産”が必要だった。本文をここまで噛み砕いたのは、注を入れるための“お土産”でした。

――『古代中国の24時間』は注が900個近くありますが、本文は柔らかい文体です。広い読者に向けた新書としては、バランスが絶妙だったと感じます。

河上:文章砕くのって難しいよね、会田くん?

会田:難しいよ! 『南北朝時代』もなるべく易しくしようとしたけど、柿沼くんのレベルには到達できない。振り切ってるよね。

柿沼:いやいや、僕だって悩みながら書いているよ。ただ、大学の講義で多少鍛えられたかも。面白くコンパクトでわかりやすい授業をしないと、学生は減り、コースが潰れかねない。

でも、噛み砕きすぎると、情報が抜け落ちたりして正確性を損なうから、バランスを考えるのがむずかしい。

先輩方からは「学術書と一般概説書は交互に書かないと、筆力が下がるよ」と言われてきたし。

それでも今回はまず読者に僕のいいたいことが届くようにしたかった。

河上:図版の数もすごく多い。よくこれだけ入れられたな、と。

柿沼くんはこれまでも、伝世文献史料だけじゃなく、出土文字資料も縦横無尽に駆使して手堅い研究成果を上げてきた。今回の本では、さらにさらに分析対象を広げて図像史料などをも豊富に用いることで、よりリアルに社会を描き出した。

しかも、歴史学では支配者層に記述が偏りがちなのを、民衆の生活までをカバーしたのがすごい。私は日本史出身で、日本史では前近代の民衆を描く重要性を夙に指摘されながら、でも私は日本史でも東洋史でも、どっちの分野においても民衆に寄り添えずにいて。

柿沼:図版を載せるための権利関係をクリアするのには、時間とお金がかかる。前々から10年間以上にわたって中国人研究者と個人的な信頼関係を築いてきたのが、いざこの本を書くときに役立ったという感じ。

実際いろいろ裏に手を回したけどね(笑)。いまの中国は、人と人の関係が必要だから。

河上:p.92の臼の写真には、スケール代わりにスニーカーを使っているけどどうして?

柿沼:砂漠のなかで突然見つけたもので、その場にスケールなんてなかったので。スニーカーならだいたいわかるでしょ(笑)。

河上:そういえば、p.242の「ばかちん」についてtwitterでも言及してたね。

『古代中国の24時間』p.242にある素敵な罵倒語

柿沼:「且」は男性のペニスの象形文字。ルビにはやはり「ちん」は入れないと(笑)。

この業界は厳しいから、以前だったら「学会で批判されるかも」と考えて書けなかったと思う。

でもいまはポストも得ているし、攻撃されてもいいや、とね。

会田:たしかに、これはちょっと書けないなぁ。

僕の場合『南北朝時代』は初めての単著だった。だからなるべく研究書の雰囲気を残したかったです。

柿沼:河上さんの『古代日中関係史』は賞を取っている。

会田くんの『南北朝時代』なんて中公新書の王道。

秦漢時代の中公新書はすでに『漢帝国』(渡邉義浩著、2019年)が出ている。だから差異化しないといけなかった。すでにかっちりしたものがちゃんと出ているから、砕けたものを出せたのかもしれない。

それに中公新書のブランドもあるから、その中公が認めた、ということで読んでもらえると勝手に期待していました。他力本願です。

会田:p.249の図(漢代の張形)なんてすごいよね。ちょうど電車の中で読んでたんだけど、思わず本をちょっと狭めて読んじゃった(笑)。

でも、こういった性的なものにかぎらず、そもそも明器(死者とともに埋葬する副葬品。p.249の器具も明器としての出土品)の研究ってあまりないよね?

柿沼:日本だと数十年前に1冊あるくらい。いま中国では続々と研究成果が出てきているけれど、多くの方は明器を博物館でみても、いまだにスルーしている。だから史料として拾い上げたかった。

秦漢時代の日常の物具について書かれた中国人研究者による最新の研究書は、別途翻訳して、いよいよ2022年夏以降に東方書店から出版する予定です。

――次に書きたい新書はありますか?

柿沼:先ほど申し上げたとおり、まず裏社会を書く予定です。某社から依頼が来ているので、じきにそこから出ます。

また私は長江文化研究所の所長も兼任しており、長江文化と日本との関係にも前々から興味があります。長江下流域はいまや南京や上海で有名ですが、もとは呉とよばれていました。この呉と日本の関係がとくに面白い。呉服とか呉音とか。納豆もそう。

照葉樹林文化論者をはじめ、前々からこの点に注目している方もいるのですが、それを最新の簡牘学や考古学の知見をふまえ、歴史学的にしっかり描き直してみたい。それによって「日本」の「伝統」を再検証する手がかりが得られると思うんです。

それに、やはり自分の専門である貨幣史はぜひやりつづけたいです。

河上:私は、国風文化について、中公新書から出す予定です。

「国風文化」というからには、他のアジア地域とは決定的に異なる文化的要素がなければならないけれど、そういった視点から「国風」たることが十分に論証されたことはなかった。だからそれを力一杯やってみたい。

成果の一部は、岩波書店から論文集の一つとして出しましたが(「唐滅亡後の東アジアの文化再編」『国風文化』〈シリーズ古代史をひらく〉シリーズ、2021年)、これを通史的に全面展開するつもりです。

それから、別の版元で梁の武帝について書きますし、あとは山川出版社の増補改訂版を法藏館から。山川さんにも声をかけていただいたのだけど、大幅に加筆修正したくて。山川さんとも相談した上で、法藏館さんからということになりました。

ともかく、これまで偉大な先学たちが積み重ね上げてきた日本の東洋学を、私たちの世代で途絶えさせることがないように頑張りたい。

会田:僕はまず専門書を出さないと。論文はすでに30本くらいあるから2冊は出せるはず。

北朝史のほかに「帝王略論」という唐の太宗のために作られた帝王学の漢籍の研究もしているのですが、2年以内に北朝史(主に北周)で1冊と、「帝王略論」で1冊出せたらいいなぁ、と思ってます。

帝王学の漢籍は、李世民(太宗)の時代にたくさんできました。宋・元ごろにその大半が消えちゃったんですけど、日本には遣唐使を通じて入ってきて、江戸から近現代にかけてまた中国に戻って行った。そういう流れがある。

唐の太宗と群臣の問答をまとめた「貞観政要」なんてビジネス本の文脈で取り上げられることはあるけど、かえって歴史学で書かれることがあまりないんですよね。「群書治要」なんて、江戸末期ごろに中国に戻って、いまでは習近平のお気に入りになっています。いつか唐代の帝王学漢籍で概説書を書いてみたいです。

柿沼:我々の世代がしっかり書いてゆかないとね。

河上:柿沼くんが私たちの世代のアベレージを上げてくれるからいいよね(笑)。

会田:河上さんと柿沼くんの2人で上げていただいて(笑)。

ところで新書を書くうちに、新しい発見はあった?

柿沼:新書の内容はともかく、出版後に新たにわかったことは、個々の読者が興味関心を抱く箇所がてんでバラバラだということ。

ただ、そのなかでも中国古代の料理に関する興味が皆さん強いみたい。『三国志』マニアからは今、その時代の料理を復元するイベント企画を提案されています。また数年前に中国古代の料理を復元させる授業をしたのだけれど、昨年そのことをツイートしたら、後日それが中国と台湾でニュースに取り上げられた。加えて、某出版社からレシピ本のオファーもきています。

いずれにせよ新書を通じて読者の興味関心を喚起したいと思っています。というのも、いまやアジア史や中国史は学生が減ってきてるでしょ。とくに私立大学の場合、そうなると学科再編というところまで行ってしまいかねない。学統の維持が大事なんです。

もともと秦漢史研究なんて花形のひとつだと思っていたのに、旧帝国大学や早慶レベルでも、専門に学べる場所が限られてきている。

日中関係がもめてる今、中国との対話のためにも中国史研究者が必要なのに、まじめに実証研究をする人が減り、安易に中国史を思想戦の道具としてとらえている人が増えている。

――新書の反響は?

会田:そもそも著者である私の知名度が全然無いし時代もマイナー、出させてもらえるだけでありがたい。でも読者に面白がってもらえたのは予想外でした。とても嬉しかったです。
試行錯誤の時代とはいえやはり過酷な時代。読者に興味を持ってもらえてよかったです。

河上:南北朝時代は王朝交代が多いけど、よく書き切ったよね。時代としての一体感をどうやって出したの?

会田:200年くらいの間に10個くらいの王朝があるからね。北朝、南朝、北朝、と一章ずつ時代順に交互に取り上げたんだけど、章の変わり目は意識したかな。

それから、北朝の章では南朝との関係、南朝の章では北朝との関係を必ず書くよう意識した。

河上:個性的な人物も多いよね。

会田:そこは、自分が書きたいように書けたかな。研究論文ではなかなか人に焦点を当てられないけど、読者は人に興味があるだろうから。
自分も、歴史に興味を持つようになったのは人への興味がきっかけだったし。

柿沼:でも、本を書くうえで社会や制度と、人とのバランスって難しいものだよね。

会田:制度史はもっと書きたいけどあまりに続くとちょっと疲れちゃう。かといって人ばかり書いても殺し合いの連続になってしまうからね。

柿沼:いま自分が生きている現代をみても、「ひとりの人が時代を切り開く」なんてことは、実際にはそうそうないからねぇ。人がなにかをする動機も制度や社会のなかで理解するものだと思うし。

会田:そうなんだよねぇ。でも人がいないと歴史は動かない。今回は時代の中でうごめく人を書いたつもりです。

柿沼くんの反響は? twitterでもすごく盛り上がってるよね。

柿沼:いままでとは違い、今回ははじめから反響を意識してtwitterで宣伝したからかも(笑)。時間をかけて書いたものだから、多くの方に読んでもらえればなぁと。

それに、研究者が意図的にマーケティングした場合、どの媒体にどの程度力を入れると、どれくらい読者層を広められるのか、自分で実験してみたかった。

河上:さすが戦略的だなあ。

会田:僕も、柿沼ファンかというくらいamazonのランキングをチェックしてるからね(笑)。

柿沼:反響という点でいえば、いろいろな先生方からメールやお電話を頂戴したのもうれしかったけれど、なかでも感動したのは、見知らぬ高校生から「先生の授業はどこに行ったら聞けますか」と問い合わせがあったことかな。みずからの文章のやわらかさを判断する指標として、中高生のリアクションを試金石にしていたから。

会田:いい本と売れ行きは必ずしもリンクしないけど、やっぱりいい本はちゃんと色んな人の所に届いてほしいよね。柿沼くんは成功しているけど。

僕も『南北朝時代』にアマゾンレビューやSNSでたくさん感想もらえたのは嬉しかったなぁ。SNSで宣伝したこともあり、早く読者の手に届いて版も重ねた。ありがたい。

柿沼:河上さんは、古代歴史文化賞優秀作品賞(2019年度)と、濱田青陵賞(2021年度)を取っているしね!

河上:北海道大学文学部(同窓会)が主宰する楡文賞も取ったけど……売れないのだ!

――いやいや、版は重ねていますから!

柿沼:そうだよ。「玄人受けする本」と「素人受けする本」があるのは事実だけど、やはり前者はめざしたいよね。

会田:といっても賞を3つも取っているんだから!

河上:柿沼くんみたいに小ネタをtwitterで上げたほうがいいのかな。小ネタ、持ってないけど……。

柿沼:あまり売文家といわれるのもイヤだし、次回作のネタがなくなると困るので、僕はちょっと抑えますよ(笑)。

――本日はありがとうございました。

会田大輔/柿沼陽平/河上麻由子(五十音順)

会田:1981年生まれ。明治大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(史学)。現在、明治大学・東洋大学・山梨大学等非常勤講師。著書に『南北朝時代―五胡十六国から隋の統一まで』(中公新書)がある
柿沼:1980年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。2021年より早稲田大学文学学術院教授。著書に『古代中国の24時間』があるほか、『中国古代貨幣経済史研究』『中国古代貨幣経済の持続と転換』(いずれも汲古書院)『中国古代の貨幣』(吉川弘文館)『劉備と諸葛亮』(文春新書)などがある
河上:1980年生まれ。九州大学大学院人文科学府博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。2021年より大阪大学大学院文学研究科准教授。著書に『古代日中関係史』(中公新書)があるほか、『古代アジア世界の対外交渉と仏教』(山川出版社)などがある