2021 04/28
私の好きな中公新書3冊

雑草を引き抜くように/林雄司

小島庸平『サラ金の歴史 消費者金融と日本社会』
宇田賢吉『電車の運転 運転士が語る鉄道のしくみ』
藤野裕子『民衆暴力―一揆・暴動・虐殺の日本近代』

河原に生えている雑草を引っぱってみたら、思いのほか根が張っていて大きな塊が抜けてしまう。
身近なことが世界の端っこにつながっていたときの手ごたえはあの感覚に似ている。

『サラ金の歴史』もその興奮を感じさせてくれる1冊だった。
例えばサラ金が配っていたポケットティッシュ、あれは女性客をターゲットにしたものだそうだ。それ以前、プロミスは麻雀牌を描いたマッチを配っていた。サラ金の客が男性から女性に変わったことをわかりやすく表している。
そこには高度成長のあと、サラリーマンの賃金が上がらず、企業は内部留保を蓄えるようになったことが影響している。
賃金が上がらないので家計を預かる主婦は生活費を借りる。企業は内部留保があるので銀行からお金を借りない。貸し先がなくなった銀行はサラ金に融資。サラ金は資金を得て新たなターゲットを開拓する……とポケットティッシュひとつから世界が引きずり出されてくる。

『電車の運転』で膝を打ったのはレールをつなぐ線の役割だ。レールとレールの継ぎ目に、ちょっとしたケーブルがつながっている。線路がずれないようにするためかと思っていたが、電流を通すためだった。パンタグラフから送られた電流はモーターを回し、線路を通って帰っていく。経堂駅でなんとなく見ていた景色と電気回路の基礎がつながった。

『民衆暴力』を読んで思い出したのは令和への改元のときの渋谷だ。セレモニーがあるわけではないのにたくさんの人が集まり、私も取材を言い訳にして離れた場所から見ていた。
0時、改元の瞬間に聞いたのは地鳴りのような群衆の声だった。なにもないのに集まる人々(含む私)。これはなんなのだろう。セレモニーがあるとかないとかそういう「正しい」理屈では説明できない熱に触れた。
『民衆暴力』は「暴力はいけない」という道徳的な視点ではこぼれ落ちる民衆の姿に焦点を当てている。そこで描かれている姿を現代のできごとに見出してしまった。それを引っぱるとどんな塊が出てくるのか。

雑草を引き抜くように、と比喩で書いていたが中公新書には『雑草のはなし 見つけ方、たのしみ方』という本まであった。これを取り上げればよかった。

林雄司(はやし・ゆうじ)

1971年,東京生まれ.1993年,埼玉大学卒業.2002年より,「楽しいけど役に立たない」ウェブサイト・デイリーポータルZのウェブマスターをつとめる.主著に『テレワークの達人がやっているゆかいな働き方』(青春出版社,2020),『会社でビリのサラリーマンが1年でエリートになれるかもしれない話』(扶桑社文庫,2015),『死ぬかと思った』シリーズ(編著,アスペクト)など.