2021 02/12
私の好きな中公新書3冊

専門外のことを楽しむ/北村紗衣

河上麻由子『古代日中関係史 倭の五王から遣唐使以降まで』
藤野裕子『民衆暴力―一揆・暴動・虐殺の日本近代』
桜井英治『贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ』

私が新書を読もうと思うのは、自分がよく知らない分野に触れたいと思った時、あるいは触れる必要性に迫られた時だ。私はふだんシェイクスピアを研究しているが、専門分野に近い新書を読む時は「教科書として使えるか」とか「授業で学生にすすめられるか」とか、新しい知識を得るよりも仕事で使えるかに注意がいってしまい、楽しむという感じにはならなくなる。一方、専門外の分野の新書は、専門に近い新書よりもずっとリラックスして新知識を楽しめる。今回は、私が最近、専門外のことに触れたいと思って手に取り、その結果楽しく学ぶことができた新書を3冊、紹介する。

1冊目の『古代日中関係史』は、昨年の初めに飛鳥に行った際、自分の古代日本史の知識の乏しさを感じたため手に取った。実は飛鳥では本書の著者である河上麻由子先生の知遇を得ることができ、名所旧跡を案内して頂くという稀有な体験をしたので、もっと史跡の余韻に浸りたいと思ったのだ。背景知識を生かしながら史料を丁寧に読み解き、素人だと全く思いつかないようなニュアンスに富んだ歴史家の解釈を示してくれる楽しい本だ。ふだん翻訳などを手掛けている研究者としては、外交における古代の人々の通訳・翻訳能力などについての分析も興味深かった。

『民衆暴力―一揆・暴動・虐殺の日本近代』は、つい最近、2021年1月6日にドナルド・トランプの支持者がアメリカの連邦議会議事堂を襲撃した後に、こういう状況について考えるヒントを求めて読み始めた。この本でとりあげられている日比谷焼き打ち事件や関東大震災時の朝鮮人虐殺などは前世紀に起きた。そこまで昔のことではなく、まったく他人事ではない。人々がデマや思い込み、権力ある者の扇動によって暴力を爆発させるいきさつは連邦議会議事堂襲撃と大きな共通点がある一方で、注意深く読み進めれば、過去の日本と現代アメリカのさまざまな違いも浮かび上がってくる。今読むのにふさわしい新書だ。

『贈与の歴史学』は、日本中世の贈与文化についての著作だ。ヨーロッパのことを研究しているとついついキリスト教的な感覚で贈り物のやりとりをとらえてしまいがちになるのだが、この本のおかげで多少、ヨーロッパの贈与文化を相対化する視野を身につけられたように思う。この本の「はじめに」に書かれている、「過去が現在よりもつねに素朴だと思うのは、過去にたいする見くびりであり、現代人の傲慢である」(p. iv)という一節は常に肝に銘じておきたい。

北村紗衣(きたむら・さえ)

1983年、北海道士別市生まれ。武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。専門はシェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史。東京大学の表象文化論にて学士号・修士号を取得後、2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンにて博士号取得。
著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち─近世の観劇と読書』 (白水社、2018)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か─不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』(書誌侃侃房、2019)、訳書にキャトリン・モラン『女になる方法─ロックンロールな13歳のフェミニスト成長記』(青土社、2018)ほか。