2020 09/30
私の好きな中公新書3冊

夢中になって読んだ科学書3冊/冬木糸一

川口淳一郎『カラー版 小惑星探査機はやぶさ 「玉手箱」は開かれた』
小泉宏之『宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来』
渡辺正峰『脳の意識 機械の意識 脳神経科学の挑戦』

僕にとって新書レーベルの中で中公新書は特別な存在だ。それは緑ベースの地味なデザインが好きなことと、最先端の科学をコンパクトに紹介してくれる良質な科学書がよく刊行されるからで、湯川秀樹・梅棹忠夫による『人間にとって科学とはなにか』をはじめとして、中公新書の科学書には幾度も感銘を受けてきた。というわけで今回は、僕が近年特に夢中になって読んだ中公新書の科学書3冊を取り上げてみたい。

1冊目は『カラー版 小惑星探査機はやぶさ』だ。はやぶさとは、宇宙科学研究所が打ち上げた小惑星の探査機である。アポロ群の小惑星イトカワに着陸し、その表面の観察&サンプル採集をして地球に帰還するミッションを行い、無事2010年に成功させた。地球重力圏外の天体への離着陸ミッションは世界的にも類例がなく、道中には工学的な課題が次から次へと生まれてくる。探査機が遠く離れてくると通信も10分以上のズレが生じる中で行うしかないので、何かあってもリアルタイムな指示も出せず、探査機が遥か遠くの宇宙でどのような事態に遭遇するのか、頭脳を振り絞って考えるしかない。

描かれるのは10年以上前のミッションであり、現在ははやぶさ2が帰還中ではあるものの、本書には、プロジェクトを主導した川口淳一郎によって、そうした頭脳格闘技とでもいうような戦い、宇宙ミッションの難しさ、おもしろさが古びず十全に詰め込まれている。

もう一つ、はやぶさと宇宙絡みで紹介しておきたいのが、『宇宙はどこまで行けるか』だ。本書はロケットエンジンについて書かれた1冊で、はやぶさで用いられていたイオンエンジンとは何なのか、固体と液体の推進剤の違いについて、ある質量を運ぶときにどれだけの速度が出れば地球を脱出できて、火星や月に行くためにはどれほどの燃料が必要なのか? と、宇宙におけるロケットエンジンの基礎的な知識を網羅してくれている。本書を読むだけで、誰でも大雑把に自分だけの宇宙計画を立てられるようになる。そうした自分の空想や遊びを拡張できるようにしてくれるのが、本の、知識のおもしろさだ。

最後に、脳科学から『脳の意識 機械の意識』を。我々には意識があるが、はたしてこれをSF映画などであるように、機械に移植できるのか。できるはずがないと思うかもしれないが、その可能性を追求しているのが本書である。移植するといっても、移植すべき意識は脳のどこに、どんな過程で宿るものなのか? 仮にそれを特定して移植できたとして、どうやったら「機械への意識の移植が成功した」といえるのか? そうした基礎的な定義の確認を脳科学の知見の紹介からはじめ、次第に、「では、(抽象的な議論ではなく)工学的に意識の移植はどのように実現できるのか? どんな技術が必要なのか?」を追求していく。

著者はマウスですでにその実験・研究を行っており、人の意識を機械にアップロードすることを目指して、ベンチャー企業であるMinD in a Device社の技術顧問も務めている。これからの未来がどうなるのか、ワクワクさせてくれる1冊だ。

冬木糸一(ふゆき・いといち)

1989年生まれ。雑誌やwebで書評どを書くことが多い書評家。ブログは基本読書。Twitterはこちら