2020 07/29
私の好きな中公新書3冊

異世界に開かれた窓としての新書/全卓樹

渡辺克義『物語 ポーランドの歴史 東欧の「大国」の苦難と再生』
小笠原弘幸『オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史』
野村哲也『カラー版 世界の四大花園を行く―砂漠が生み出す奇跡』

新書という本の形態は、いつどこで、どんな風に出来たのだろうか。事情は知らずとも、旅行鞄につめて持ち出すのに、この判型は実にぴったりだと誰もが知っている。最近では、出張のお供は電子書籍だけということも多いが、考えてみたらキンドル等の電子端末の大きさも、やはりおおよそ新書サイズである。そして自分の端末の中身を見てみると、ほとんどが新書ばかりだ。形式も内容も、新書は旅に合うのだろう。

なじみの薄い外国への旅に旅行ガイドは不可欠だが、人との交渉ごとを伴う出張だと、ありきたりの観光ガイドではない、その国の文化や歴史にまで分け入った案内本が欲しくなる。ちょうどおあつらえ向きなものに、中公新書の「物語 各国の歴史」シリーズがある。

先年ポーランド西部のポズナン大学を訪問したときに重宝したのが、渡辺克義『物語 ポーランドの歴史』である。古代から近代の歴史の快速の概観に、充実した現代史の記述が加わって、機中で読むのにうってつけである。「権威主義的な政権党『法と秩序』がEUと民主主義を裏切っている」といった、英米メディア流通のステレオタイプの回避にも役立つ。文化的事項や歴史こぼれ話の出てくる魅力的なコラムが、途中いくつも挟まっている。おかげで先方の大学人をうんざりさせる不毛な会話にも陥らず、ポズナンのあるヴィエルコポルスカ地方のにわか仕込みの知識も織り交ぜながら、友好的な実のある提携交渉に臨むことができた。

旅行の真の醍醐味を味わうには、神秘的な見知らぬ文化の遠国を訪れる必要がある。現存しない場所、時間をさかのぼった異世界への旅なら更に良い。小笠原弘幸『オスマン帝国』を読んだのは、京都出張の道すがらであった。

伝承の霧の中の中央アジアの故地から、アナトリア半島の東ローマ属州にいたるセルジュク・トルコ人の道。欧亜をつなぐ辺境で戦う荒くれ聖戦士集団のオスマンと郎党たち。彼らが瞬く間に領土を広げ、三大陸に覇を唱えるイスラム世界の盟主へと成長した秘密、すなわち「オスマン朝」という、支配と征服に特化した奇怪で美しい統治マシーンの構造が、力学的明晰さをもって明かされる。それは被征服者の子供たちからなる奴隷親衛兵マムルーク、そしてハーレムの奴隷を母とする王子たちの、血をもっての選別で継承されるスルタンの王座。簡潔だが妖艶に描かれた、イスタンブルの危険きわまる宮廷政治絵巻に心惹かれる。従来は衰退過程とみなされた、近世オスマン帝国の政治的変容を、権力構造の分散、民主化の発展ととらえる見方も新鮮で、一読、トルコと近隣諸国の現在と将来への視点が爽快に一新される。読み終えてちょうど降り立った京都駅で、ぼんやりと、目の前のタワーがアヤ・ソフィアの尖塔に見え、行きかう人々が皆オスマン風カフタンを帯びて見える気がした。

新書による異郷への旅を語るとき、外すことのできないものに、美麗なカラー印刷の花景色の書、野村哲也『世界の四大花園を行く』がある。旅先であれ、自分の仕事場であれ、心がささくれ立ったとき、頭の疲労で言語情報を一切受け付けないとき、この本を開いて出会う色彩の饗宴にまさる脳の薬は多くないだろう。ナマクワランド、ペレンジョリー、アタカマ、ラチャイ、かなたの国への旅愁を誘うエキゾティックな響きたち。砂漠の色、空の色、丘の色、野の色。花々の形、木々の形、そして時折交じる、見慣れぬ人々の服装の色と形。ひとしきりこの本のページを繰って、そのまま目を閉じると、瞼の裏にも砂漠の花園が広がる。心を悩ませる憂いから、ひとときの解放を味わうための便法である。

全卓樹(ぜん・たくじゅ)

理論物理学者。京都生まれの東京育ち、米国ワシントンが第三の故郷。東京大学理学部物理学科卒業。同大学理学系大学院物理学専攻博士課程修了。博士論文は原子核反応の微視的理論についての研究。専攻は量子力学、数理物理学、社会物理学。ジョージア大学、メリランド大学、法政大学などを経て、現在、高知工科大学教授。著書に『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)、『エキゾティックな量子』(東京大学出版会)などがある。