- 2019 04/24
- 私の好きな中公新書3冊
服藤早苗『平安朝の母と子 貴族と庶民の家族生活史』
宮崎市定『科挙 中国の試験地獄』
工藤重矩『源氏物語の結婚 平安朝の婚姻制度と恋愛譚』
新書はいつも、私を遠い所に連れて行ってくれるツールだった。頁を開けばそこにあるのは、広く大きな世界に続く「教養」。それは今日明日必要な知識ではないが、深々とした思いを抱かせ、自分を内側から確実に育ててくれるものだった。いつしか各社の新書が林立し、そんな中には週刊誌の特集記事のようなものも見受けられるようになった。だが、中公新書のラインナップには教養へのぶれない意志と品格を感じ、背筋が伸びる。
そんな訳で、好きな3冊はまさに新書界の古典である。そしてこれらは、私の研究者としての歩みと共にある。最初は服藤早苗『平安朝の母と子 貴族と庶民の家族生活史』(1991年初版)。私が32歳で研究者を志し高校教員を辞めたのは、古典作者たちの生きた姿を研究し、それを教室に還元したいと思ったからだった。前々年に刊行された本書はまさに「生活史」を語り、私を鼓舞してくれた。
宮崎市定『科挙 中国の試験地獄』(1963年初版)を手に取ったのは、一年の浪人生活を経て大学院に進学した時。漢字学の阿辻哲次先生から授業で勧められ、写真図版の科挙用「カンニング下着」の実物を京都の博物館で見もした。感じ入ったのは、内容の深さに比して文章が驚くほど分かりやすいことだ。教養には難解な言葉よりも、誰にも共有できる言葉こそがふさわしい。そうこの名著は教えてくれた。
そして工藤重矩『源氏物語の結婚 平安朝の婚姻制度と恋愛譚』(2012年初版)。文学を理解するためには、まずは現実を知らなくてはならない。その考えに立ち『源氏物語の時代』(2007、朝日選書)で作品成立の背景を書いた私には、膝を叩く一冊だった。著者にはそれ以前に、同内容の研究書もあった。だがそれを、学生や一般にも読みやすい新書へと丁寧に時間をかけて書き直されたのだ。研究者にとって、自説を打ち立てることは当然の始まりだが、それ以上に大切なのが説の定着である。新書はそれを手伝ってくれる大切なツールの一つだ。一冊を寄贈頂いたとき、胸が熱くなったことを覚えている。