2019 02/22
私の好きな中公新書3冊

「反新書」な思想史本/網谷壮介

佐藤彰一『禁欲のヨーロッパ 修道院の起源』
岡田温司『キリストの身体 血と肉と愛の傷』
堂目卓生『アダム・スミス 『道徳感情論』と『国富論』の世界』

新書というと手軽に読める本だと思って生きてきたが、中公新書はそうした浅はかな心持ちを挫く。軽はずみに購入した結果、途中で心が折れて積読している中公新書が10冊ほどある。はっきり言って読むのが大変だ。真面目すぎる感さえある。気軽に読めない。「反新書」的な新書が多い。とはいえ、そうした反新書には著者が膨大な時間と労力を費やした研究成果が惜しげもなくつぎこまれており、ブック○フで哀れなことに叩き売られていると、いたたまれなくなってつい買い占めてしまい、また積読が増える。怖い。

ここではそんな私が読み通せたほど面白い三冊、西欧の思想史に関心がある人ならグイグイ引き込まれ、妄想を掻き立てられてしまうであろう、反新書的三冊を選んだ。

佐藤彰一『禁欲のヨーロッパ』と岡田温司『キリストの身体』は、両方ともテーマは広くキリスト教史を扱っているが、どちらもどこか変である。単にキリスト教の教義を紹介する新書なら無数にあるだろう。しかし、禁欲という周知のキリスト教倫理の根源を古代ギリシア・ローマにたどり、修道士たちがいかに禁欲に失敗したのかを記したり(微笑を誘う)、あるいは、磔刑に処され槍で突かれたイエスの傷口に女性器を想起してしまった想像力豊かな画家たちを多くの図版とともに紹介する新書は、他に知らない。

現代思想がお好みの方には、前者の背景の一つをなすのはフーコーであり、後者はアガンベンであるとお伝えすれば、妄想の広がり具合いも増してなお楽しいはずだ。いずれも膨大な史料を渉猟し、それでいて抜群に面白いナラティブにまとめあげる達人技が堪能できる。

堂目卓生『アダム・スミス』は、スミスの通俗的イメージを覆す好著である。スミスというとどうしても『国富論』ばかりが取り上げられるが、『道徳感情論』という人間の共感メカニズムを分析した主著もある。一方は各人がバラバラに利己的に行為していれば、あたかも神が調整してくれたかのように全体の均衡が保たれると説き、他方は他者への共感こそが道徳の根本であると説く。一見して矛盾した著作を書いたのがスミスなのだ。

本書はしかし両著作の一貫性を見抜き、『道徳感情論』の観点から『国富論』を読み解いていく目からウロコの本である。スミスを読むつまづきの石は実はひどく読みにくい翻訳なのだが、本書では筆者自身がテクストを訳しており、それによって新鮮な形でスミスと出会うことができる。

スミスの神学観(神の見えざる手!)に思いを馳せていると、佐藤・岡田の変態的キリスト教本もあいまって、西欧思想史の知られざる背景にもっと興味が沸いてくる。

網谷壮介(あみたに・そうすけ)

1987年大阪府生まれ。京都大学経済学部卒、東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。現在、立教大学法学部助教。著書に『共和制の理念 イマヌエル・カントと一八世紀末プロイセンの「理論と実践」論争』(法政大学出版局、2018年)、『カントの政治哲学入門 政治における理念とは何か』(白澤社、2018年)、共著に『権利の哲学入門』(田上孝一編、社会評論社、2017年)がある。