- 2023 02/02
- 著者に聞く

古代オリエントは、人類初の「国際社会」でした。自分たちとは言葉も文化も民族も異なる相手とどうやって生きていったらよいのか。交易、外交、戦争……人類が経験することはすべて古代オリエントにありました。『古代オリエント全史』を刊行した小林登志子さんにお話を伺いました。
――本書は『古代オリエント全史』というタイトルですが、前著『古代メソポタミア全史』とはどうちがうのですか。
小林:『古代メソポタミア全史』はユーフラテス河とティグリス河に囲まれたメソポタミア地方、つまり現在のイラク最南部に興った人類最古の都市文明にはじまる歴史の発展、拡大、そして終焉を、ほかの地方に軸を移さずに紹介しました。
一方で、『古代オリエント全史』は、メソポタミア地方も含みますが、エジプトやアナトリア、シリア、そしてイラン(ペルシア)などの古代オリエント世界全体に話が及びます。先行するメソポタミア文明を、ほかの地方が交易活動や戦闘行為などをつうじて、採用していきます。
メソポタミアを縦軸として、アナトリア、シリア、エジプトそしてイランの歴史を話しました。ほかの国とのかかわりあいで歴史が動いていきます。
このあたりが、一国だけの歴史よりも面白いと筆者自身は考えております。
――とくに力を入れた点、あるいは苦労した点がありましたらお教えください。
小林:古代オリエント史を新書1冊にまとめる作業はむずかしかったです。はじめは長く書きすぎてしまいました。それで「このことは読者に伝えたい」と考えた箇所は必ずいれるようにして、ほかはかなり削除しました。ところが、読んでみると、内容が希薄で物足りないのです。
そこで、削除した箇所を復活させたり、加筆しました。
メソポタミア、シリア、アナトリア、エジプト、イランと、5つの地方に分けて、各地方の通史を書きましたが、ほかの地方とのかかわり方をどう紹介するか、必然的に重複する話がでてきます。これを「前に出てきた話だ」ということで、読者がそこの箇所を飛ばさずに、「なるほどここでつながるんだ」と納得して読んでいただけるように、執筆したつもりです。
――本書を読んでいると、民族について「○○語族の」と、民族の語族についてひとつひとつ言及されているという印象があります。
小林:古代オリエント史の研究が本格的にはじまった19世紀は、科学技術が現在のように発達していません。たとえば遺跡の発掘をして、人骨が出土しても、DNA鑑定なぞはありません。そうすると、残されている碑文などが出自を決める手がかりになります。
書き残された言語からどの言語グループに属したかを特定することになり、それで「語族」を使うことが普通になりました。
――本書を通じて2023年を生きる読者に訴えたいことがありましたらお教えください。
小林:21世紀にはいって約20年です。コロナ禍があり、ウクライナ戦争がありと、世界は大混乱です。日本も巻き込まれています。
そして深刻なのは、成長していく国ではなく、停滞、いや沈んでいく国として、こうした事態を日本が迎えたことです。
先のことはわかりませんが、日本と日本人が生き残ろうとするならば、手掛かりは歴史にあるはずです。歴史は「こうしなさい」と直接教えてくれるわけではありません。ですが、問題意識をもって、歴史に向かいあえば、学べることがあるはずです。
日本史のような一国の、比較的平和な歴史ではなく、かかわりあう多数の国々がつくりあげる古代オリエント史こそが学ぶべきことの多い歴史と考えています。
ぜひ一度『古代オリエント全史』をお読みになってみてください。
――次になにをお書きになりますか。
小林:メソポタミアの碑文では「シュメルとアッカド」の表現が使われつづけます。『シュメル』はすでに中公新書にいれていただきました。
『アッカド――最初の帝国』(仮)を書きたいと考えています。
民族系統不詳のシュメル人の創造した人類最古の都市文明を継承し、発展させたのが、最古のセム語族のアッカド人です。しかもアッカド人はアッシリアやアケメネス朝に先行して、最初の帝国、つまり広い地域を武力で制圧し、異民族を支配する帝国をつくりました。なぜ帝国をつくる必要があったのでしょうか。
約200年でアッカドは滅亡しますが、アッカド語は残り、アッカド語こそは最古の共通語であり、「ハンムラビ法典」も「キュロス・シリンダー」もアッカド語で書かれています。
そして西アジア世界は昔も今もセム語族の世界であって、アッカド人と同じ語族のアラブ人とイスラエル人が抗争を繰り広げています。
アッカド人こそがセム語族の原点です。こうしたことを日本人読者に伝えたいと考えております。