2022 11/02
中公新書の60年

「いい新書を読みなさい」/澤田瞳子【ここから始める中公新書 日本史編】

大学で歴史を学び始めた時、最初に教授に言われたのは、「いい新書を読みなさい」だった。と言っても、新書であれば何でもいいわけではない。一流の研究者が一般人のために記した新書には、分厚い研究書にも劣らぬ「真の知るに足る知識」が詰まっている。何かについて知りたいと思った時、まずは新書から踏み入れば、その果てには膨大なる知の大陸が広がっているのだ。

石川理夫『温泉の日本史』(2018年)は日本人にはお馴染みの温泉を通じ、日本史を切り取った興味深い通史。古くは縄文時代の温泉から始まり、戦国武将たちの隠し湯や外国人たちの見た温泉文化、そして今後の温泉の展望まで。誰かに教えたくなる豆知識はもちろんのこと、本邦の産業の将来をどうするのかとの問題意識までが記され、ついつい温泉に出かけたくなる。

丸山裕美子『正倉院文書の世界』(2010年)は毎年秋に、奈良国立博物館で開催される「正倉院展」に必ず出品される正倉院文書を通じて、奈良時代をひもといたもの。文書と言われるとどうにも堅苦しいイメージがあるが、心配ご無用。昇進の嘆願書や借金の申し込み、はたまた体調不良による休暇願などなど、ここに描き出される奈良時代の人々の暮しは現在の我々がつい親しみを抱いてしまうほどに生々しい。しかもそんな数々の文書を通じ、当時の政治システムや聖武天皇、はたまた東大寺といった奈良時代をも包括的に知ることができるのだから、まさに「楽しく学べる」新書と言えよう。

それにしてもなぜ我々は日本史に興味を抱くのか。それはいま自分が立っている地が、日々接している生活が、そしてそう考える己自身がどこから来たものかという興味と深く関連している。そういう点からお勧めなのは、齋藤慎一『江戸―平安時代から家康の建設へ』(2021年)。世界有数の都市である東京がかつて江戸と呼ばれていたことはよく知られているが、ではその江戸とはいかにして成り立ったのかを、この一冊で深く学び得る。歴史を学ぶ楽しみを知る上でも、もってこいだ。

そして同時に日本の歴史を考える上で、天皇の存在を切り離すことはできない。近藤好和『天皇の装束』(2019年)はその生涯に連動して幾度も変化する天皇の衣服を考察した書籍。衣服のみならず、様々な天皇の生活にも筆が及んでおり、多くの挿絵・写真も相まって、天皇の宮中生活を包括的に知ることもできる。現在の宮中儀式を知る際にも参考になり、我々もまた、歴史の中に生きているとの事実に気づかされること請け合いである。

澤田瞳子(さわだ・とうこ)

同志社大学文学部卒業、同大学院博士課程前期修了。2010年『孤鷹の天』で小説家デビュー。同作で第17回中山義秀文学賞を受賞。二一年『星落ちて、なお』で第一六五回直木賞を受賞。『落花』『月人壮士』など著書多数。