2021 12/14
私の好きな中公新書3冊

日本文化の深層を探る指南書/山根京子

梅原猛『地獄の思想 日本精神の一系譜』
上山春平編『照葉樹林文化 日本文化の深層』
鈴木正崇『山岳信仰 日本文化の根底を探る』

なぜこんなにも「ことのはじまり」が気になるのだろう。

林檎畠の樹の下に/おのづからなる細道は/誰が踏みそめしかたみぞと/問ひたまふこそこひしけれ――島崎藤村の詩に登場するこの『初恋』の相手に、そこはかとなく親近感をおぼえた中学時代を思い出す。栽培植物起源学を専門とする私の「ルーツ考癖」は根が深いのだ。

そんな私はワサビを研究し、西に東に奔走中のわさび応援隊長(自称)である。一見ただの野草にしかみえないワサビが、いかにして食文化という舞台で「名脇役」となったのか、その謎解きに真剣に挑んでいる。日本でうまれた栽培植物なので、ルーツを理解しようとすれば当然、日本文化の源流を探ることになる。研究をすすめるうえでの探照灯として、珠玉の必読書3冊が中公新書から出ているので紹介したい。

『地獄の思想』は梅原猛の人生初となる書下ろし本である。出版にあたり迷いや不安があったとしながらも、その熱量に圧倒された。梅原はこう主張する。日本文化の深層に流れる自然(=生命)崇拝の思想と結びついた神道に、大陸から導入された仏教が加わることで、日本人の精神には生の力を肯定する哲学と、生の暗さを凝視する哲学が共存するようになった。つまり、生の真実(=地獄)を見つめることで、魂を冷静に見つめる目が養われたのだと。梅原は本文中で、自らの地獄を語っているのではない、とことわっている。だが私には、梅原自身の魂の叫びを感じずにはいられなかった。

『照葉樹林文化』は、照葉樹林文化論の中尾佐助をはじめ、吉良竜夫(生態学)、岡崎敬(考古学)、岩田慶治(文化人類学)、上山春平(哲学)が、縄文文化について議論された異分野融合型シンポジウムの記録である。他にも柳田國男、今西錦司、梅棹忠夫など、登場人物の豪華さも際立ち、自分も参加しているような臨場感が味わえる魅力もある。本書を読めば、日本文化の深層研究が、当時どれだけ重要なテーマであったのかがわかるだろう。出版から半世紀が過ぎた今もなお、縄文時代はとにかく熱い。世界的にも類をみない日本独自の文化形成期ということで、縄文遺跡群が世界遺産に認定された。日本人の最深層にある思想とは何か、日本文化の源流にあるものは何か、あらためて挑戦状をたたきつけられた感がある。

国土の3分の2を山地で占める日本人にとって、水や空気や命をもたらす山に対して、特別な感情を抱くことはごく自然と思える。山を信仰の対象とみる日本人の精神性や自然観は、我々が考えている以上に根深いところでつながっているのかもしれない。昨今の登山ブームやパワースポットなるものが注目を集めるなかで、私はあえて山の入門書として『山岳信仰』をおすすめしたい。本書を読めば、山は単なる無機質な存在などではなく、生を肯定したいという願望を満たしてくれる、極めて情緒的な存在であることにあらためて気づかされることだろう。

思えばすでに300か所以上の現地調査を行ってきた。山に入るたびに手を合わせる。ワサビを「山の恵み」と意識するようになったのはいつの頃からだろう。もともと組み込まれていた発想なのか、山が私をそうさせたのか。やはりどうしても知りたくなる。梅原は「永遠の真理」という表現を用いた。なるほどそうか、「ことのはじまり」とはそういうことかと腑に落ちた。真理探究の旅はまだまだ続きそうである。

山根京子(やまね・きょうこ)

1972年京都市生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪府立大学生命環境科学研究科助教を経て、2010年より岐阜大学応用生物科学部准教授。専門分野は栽培植物起源学。『わさびの日本史』を著し、食文化の優れた研究や出版物などに贈られる辻静雄文化賞を受賞。全国わさび品評会審査員。