2021 07/08
私の好きな中公新書3冊

日本近現代史への多彩なアプローチ/手塚雄太

佐々木隆『伊藤博文の情報戦略 藩閥政治家たちの攻防』
中北浩爾『自民党―「一強」の実像』
小島庸平『サラ金の歴史 消費者金融と日本社会』

昨年度、勤め先の大学で「史学導入演習」という史学科1年生必修授業のテキストを作るにあたり、「教員お勧めの5冊」というコーナーを設けた。教員の顔が見えるブックガイドの方が、学生も親しみを持てるだろうと考えた同僚の発案である。

選書にあたり、1冊は新書から選ぶことにした。本学史学科19名の教員が選んだ新書の内訳をレーベルごとに紹介すると、中公新書が7冊、岩波新書が5冊、その他が4冊、新書の代わりに文庫が3冊である。歴史に強い中公新書という定評を裏打ちしているともいえそうだ。ちなみに私は、1年生向けということで、読みやすさと間口の広さを考慮して岩波ジュニア新書から1冊を選んだ。やや間の悪い話ではあるが、ここではその代償?として、中公新書から日本近現代史の「お勧めの3冊」を挙げたい。

『伊藤博文の情報戦略』は、明治前・中期における政治的コミュニケーションの実態を、伊藤博文とその側近で「人並外れた矜持と狷介な性格の持ち主」(69頁)として知られる伊東巳代治を中心に論じている。本書が示すように、この時期の政治家の情報伝達・意思疎通手段は、第一に面談、第二に使者に書翰を持たせて届ける使書であった。書翰は同時代の政治史研究における重要史料であるから、これを研究で用いるのはごく普通のことである。しかし、本書の特色は、藩閥政治家たちの書翰を新書とは思えないほど本文中に大量に引用して、彼らの激しい政治的な攻防を再現していく点にある。詳細は本書を読んでいただくほかないが、ヒリヒリするような際どいやりとりが随所に記されている。

彼らが書翰を送りあう様子は、さながら私たちがEメールやSNSでメッセージを送るかのようである。明治期の政治家がSNSを使っていたら、と空想する楽しみ方もあるかもしれない。その一方で、書翰に代えてEメールやSNSで情報伝達・意思疎通しているだろう現代日本の政治家が、そのデータを長期間にわたり保存し、後世の歴史家に委ねることなどあるのだろうかと考えると、背筋が寒くなる思いもある。

『自民党』は、自民党関係者へのインタビューなどに基づいて、現在の自民党の姿を包括的に論じた現状分析の著作であり、厳密にいえば歴史の著作ではない。しかし、本書は日本政治史から研究を始めた著者の手によること、そして55年体制期の自民党が1990年代の政治改革を経ていかにして変化したのかという視角に立っていることもあって、自民党の歴史にも相応の紙幅が割かれている。

学生相手に戦後政治史を講義していると、55年体制期の自民党像、例えば「党中党」とも呼ばれた派閥の存在や、後援会や業界団体を軸とした支持基盤のあり方などを、今の学生はまったく知らないということに気づかされる。小泉純一郎ですら「進次郎のお父さん?」といったところがせいぜいである。学生の年齢を思えば当たり前のことだが、自民党ひいては日本の政治を考えるうえでの前提を、もはや世代間で共有できていないともいえる。この点を考えれば、本書は世代を超えて自民党の過去と今を知り、知識を共有するのにうってつけの1冊といえるだろう。

中公新書は著名人の伝記に定評があるが、その一方で近年でいえば『日本軍兵士』『民衆暴力』といった市井の人々に焦点をあてた著作も見逃せない。ごく最近では金融・家計・ジェンダーの視点を織り交ぜながら、サラ金盛衰のメカニズムを論じた『サラ金の歴史』もこれにあたるだろう。金を借り、金を貸す、その一人ひとりの姿に迫る本書の記述には、ぐっと引きつけられる。

内容とともに印象に残ったのは、ごく近い過去を扱いながらも、いや、だからこそ対象との距離を取るため当事者へのインタビューはせず、関連書籍、新聞・雑誌記事といった史料の収集と分析に徹したという本書のアプローチである。インタビューは歴史研究でも当たり前の手法となったが、オーソドックスな文献史学の利点を本書はあらためて教えてくれる。

日本近現代史を扱った新書3冊を紹介したが、以上みたように題材はもちろんアプローチも多彩である。これは上記の3冊に限ったことではない。著者がどのようにして対象と向き合い、また迫ろうとしているのかという点から、新書を読み直しても面白いだろう。

手塚雄太(てづか・ゆうた)

1984年千葉県生まれ。國學院大學文学部史学科准教授。専門は日本近現代史。著書に『近現代日本における政党支持基盤の形成と変容 「憲政常道」から「五十五年体制」へ』(ミネルヴァ書房、2017年)、共著に『新訂日本近現代史 民意と政党』(放送大学教育振興会、2021年)、『アジア・太平洋戦争と日本の対外危機 満洲事変から敗戦に至る政治・社会・メディア』(ミネルヴァ書房、2021年)など。
トップページ写真:在外研究中、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学図書館前で。
photo by MANABE Masayuki