2020 03/19
私の好きな中公新書3冊

繋がる喜び/古川真人

室井康成『事大主義―日本・朝鮮・沖縄の「自虐と侮蔑」』
鈴木透『食の実験場アメリカ ファーストフード帝国のゆくえ』
竹内洋『教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化』

新書を読む喜びには、以前に読んだり話で聞いたりして、気になっていた事柄が、思わぬ記述でひとつの思考に繋がるというものがある。

五味渕典嗣『プロパガンダの文学』(共和国)の中では、戦時下に日本の小説家たちによって書かれた戦場の描写が引用されるのだが、どの文章も敵である中国人の顔が描かれていない。そこから著者は、プロパガンダによって描き出す日本人の自画像が、真っ向から戦っているはずの中国人さえ描き出さない他者の不在と関わりのあることを指摘していた。なるほど。しかし、やはり顔を描かないというのは、いかにも不気味で、奇妙なことではないか? この疑問に答えてくれたのが、『事大主義』だった。東アジア全体が日本にとっての、日本人にとっての鏡だったのだ。鏡なんだから、自分の面しか見ることができない。そこに映った自分の顔の中から、あるだけ取り上げた欠点に、朝鮮、沖縄、中国のひとびとの特徴として「事大主義」というラベルを貼り付けたのが、日本の近代史だった。その便利な鏡が他地域にも使われ、化粧直しや日本同様レッテル貼りにいそしむ道具として東アジア一帯を巡った経緯は、先の気づきを越えて新しい歴史の切り口を見せてくれた。

『食の実験場アメリカ』を読んだのは、魚柄仁之助『刺し身とジンギスカン』(青弓社)の中に登場するチャプスイという料理に興味をもったから。この不思議な響きの中華風のお惣菜、1900年頃にアメリカで生まれたらしい。なるほど。では、そもそもアメリカの料理、特にファーストフードと呼ばれる食べ物は、いつ、どうやってできたのだろう? 本書はこの米国料理事始が、アメリカの地域的、政治的、経済的な歴史を語るうえで欠かせない要素、いや核心に配置されるべきものとする。なぜかって? ひとは毎日食べるから。その食べるものは上記のあらゆる要素があってはじめて成立するものだから。なお本書には、食文化から見たヒッピー盛衰記の趣きがある章もあり、そこだけ立ち読みする価値は十分ある。

過日友人と話したときにふと思ったこと。『教養主義の没落』は、新自由主義経済と自己啓発的言説の蔓延する昨今、新たに読み直すべき一冊ではないか? 友人はビジネスセミナーの主宰の動画をしばしば見ているという。なんでそんなの見てんの? というこちらの問いに対し、元気になれるし上に這い上がらなきゃって気持ちになるし、何より目標を設定してくれる快感があるという。若人に沈思と反省を促した教養主義は死んだかもしれない。でも、友人のように成長だ! 自助努力だ! 負け惜しみを言うな! 後ろを振り返るな! 成功者の俺に続け! という言葉に魅力を感じている者も確かにいる。そう、立身出世は死んでないどころか、強迫観念みたいに立ちはだかっている。動画の定期的な視聴という「新しい教養主義」を前に、いかに新書が対抗するか。そのために、この名著を振り返ろう。

古川真人(ふるかわ・まこと)

小説家。1988年福岡県福岡市生まれ。2016年『縫わんばならん』(新潮社)で新潮新人賞を受賞しデビュー。2020年『背高泡立草』(集英社)で第162回芥川賞受賞。
撮影:新潮社写真部