2019 07/09
私の好きな中公新書3冊

世界を一緒に旅した本/望月優大

渡邊啓貴『フランス現代史 英雄の時代から保革共存へ』
芝健介『ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌』
小島剛一『トルコのもう一つの顔』

中公新書には「旅」のイメージがある。それは世界各国の歴史を扱う伝統のためでもあるし、自分自身が旅をするときにカバンの中によく忍ばせているからでもある。

中公新書は軽くて持ち運びに便利だけれど、中身はずっしりと重厚だ。飛行機の中や宿のベッドで少しずつ読み進める。旅の終わりには、砂が挟まったり折れ目や色んな汚れがついたりしている。書き込んだ線やメモは大らかに、ダイナミックに波打っている。

バルセロナでは『バルセロナ』を読んだ。ロシアでは『スターリン』と『サンクト・ペテルブルク』を読んだ。ミャンマーでは『物語 ビルマの歴史』を、それからベトナムに行ったときは『ベトナム戦争』を読んだ。キプロスでは『物語 近現代ギリシャの歴史』『トルコ現代史』を併せて読んだ。そんな風にして、これまで何度も中公新書と共に旅をしてきたのだなと思う。

さて、「私の好きな中公新書3冊」というお題をいただいた。すでに7冊もあげてしまったのだけれど、それらとは別に、私の好きな、というか私の人生にとって大切であったように思える3冊を選んでみたいと思う。

1冊目は『フランス現代史』。この本は2005年にパリに1ヵ月ほど滞在した際に読んだ。今再び開いてみると、戦後からシラク大統領の時代までを濃密に描いた本書の中で、当時つけたドッグイヤー(角を折った頁)がある箇所に集中していると気がついた。それが、第5章「ミッテラン時代」の中の第5節「国民戦線の躍進と移民問題」。当時まだ大学1年生だった自分の中に、現在も追いかけている移民問題への関心が大きく育っていく――その様子がドッグイヤーという形で冷凍保存されていた。

2冊目は『ホロコースト』。2014年にポーランドとロシアを旅したときに読み、その後ドイツやチェコ、イスラエルなどを旅したときにも再びページをめくった。ナチスドイツによって虐殺された600万人もの人々は一体「どこ」で殺されたのか? ドイツだろうと思う方も多いかもしれないが、実はそのほとんどが「ドイツの外」である。本書で紹介されている推計によれば、ポーランドで300万人、ソ連では100万人、そしてドイツ国内で16万人とされている。各地の収容所や博物館などを巡りながら、本書が教える事実の重みを、繰り返し確認し続けている。

3冊目は『トルコのもう一つの顔』。この本は旅をイメージさせる中公新書の中でも特筆すべき1冊だと思う。普段はアルザスで暮らす日本人の言語学者が、一人の旅人として、「非公式の言語」とその話し手たちに出会っていく。クルド語、ザザ語、ヘムシン語――著者が旅した当時のトルコでは、両手を使っても数え切れないほどの言語がその存在を否定されており、しかし実際には確かに存在していた。トルコの外交官すら知らないその「事実」を確かめるために、政府や警察の妨害を受けながらも著者は旅を続ける。圧巻の1冊だ。

望月優大(もちづき・ひろき)

1985年生まれ。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。国内外で移民・難民問題を中心に様々な社会問題を取材し、「現代ビジネス」や「Newsweek」などの雑誌やウェブ媒体に寄稿。著書に『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』(講談社現代新書)。代表を務める株式会社コモンセンスでは非営利団体等への支援にも携わっている。