2019 03/28
私の好きな中公新書3冊

何度読んでも崩壊しない中公新書/更科功

宮崎市定『科挙 中国の試験地獄』
梅棹忠夫、永井道雄編『私の外国語』
黒木登志夫『iPS細胞 不可能を可能にした細胞』

中公新書のよいところは、いくら読んでも本が崩壊しないことだ。岩波新書は何度も読んでいると背表紙にスジが入り、そのうちにページが外れて崩壊する。しかし、中公新書は製本がよいのか、外側をビニールカバーでガッチリと保護されているためか、なかなか崩壊しない。その代わり何十年も経つと、中公新書はしわになる。外側のビニールが縮むのか内側の紙が伸びるのか、理由はよくわからないが、表紙が曲がって平らにならない。この点、岩波新書の表紙は、しわにならず、まっすぐなので美しい。もっとも、これは昔の話だ。今の中公新書にはビニールカバーが付いていないので、良くも悪くもこういうことはないだろう。

宮崎市定『科挙』。この、歴史上もっとも激しい受験地獄について書かれた本は、私が初めて読んだ中公新書である。中学生だった私は、書店でこの本を手に取った。買って家に帰ると、すでに父の本棚に同じ本があった。それが、どういうわけか少し嬉しかったので、この本は印象に残っている。

歴史の本を読む楽しさの最たるものは、当時の気分を味わうことである。時代背景や歴史上の意味なども大切かもしれないが、タイムマシンで過去に旅行しているかのように、その時代のその場所にいるかのように、本を読めたらもうたまらない。そんな喜びをこの本では味わえた。中学生だった私は、千年前の小さな部屋に閉じこもって苦悶したのだ。

『私の外国語』は高校生のころに読んだ中公新書だ。こういう本の読者は、半分以上が外国語を学び始めた学生だろう。私も外国語学習について何らかのヒントが欲しくて読んだ記憶がある。でもこういう本は、何十年も経ってから読み直すと、昔とはまるで違う優しい顔つきになっている。

若いころに聞いた音楽がかかると、懐かしい気分になる。昔の気持ちがありありとよみがえってくる。私にとってこの本は、若いころに聞いた音楽なのだ。

『iPS細胞』は前の二冊と違って、最近(2015年)の本だ。これは科学について書かれた本である。そして、科学の本に一番大切なことが、この本ではほぼ完ぺきに近い形で実現されている。それは正確さだ。大手新聞各社がiPS細胞を報じたときの見出しの誤りから始まる文章は、迫力に満ちている。

更科功(さらしな・いさお)

1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。同大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。『化石の分子生物学』で講談社科学出版賞を受賞。他の著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『爆発的進化論』『絶滅の人類史』『進化論はいかに進化したか』など。