2018 11/01
私の好きな中公新書3冊

政治と軍と鉄道の〈日本論〉、3選/倉橋耕平

逢坂巌『日本政治とメディア テレビの登場からネット時代まで』
吉田裕『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』
老川慶喜『日本鉄道史 大正・昭和戦前篇』

時折ブームを作り出す新書。近年もさまざまなレーベルが作られ、新書の発刊サイクルはどんどん早くなっているように見える。ただ、その一方で粗製濫造も目立つ。そうしたなか、第二次新書ブーム(1962年〜)を牽引した中公新書は常に高い作品クオリティを維持し、長く読まれるであろう著作が並んでいる。

私の頭にまっさきに浮かぶ中公新書のイメージは「歴史」だ。新書というジャンルに収まらないほど「情報量」がある中公新書の歴史書は、「歴史とはなにか」を考えさせる凄みと厚みを有している。

私の研究(政治とメディア)に関連する本から選べば、まず『日本政治とメディア』は外せない。戦後日本の政治において、圧力とPRが駆使される政治コミュニケーションの観点から一手に理解できる情報量の濃い一冊である。とりわけ、派閥政治によるマスメディア支配の力が失われていく反面、小泉劇場、民主党とネット選挙など政治が大衆に直に訴えかけるようになっていく様相を戦後政治史の重要な構造として切り取っている。この本を学部の授業の輪読課題にする先生もいるなど、日本では数少ない政治コミュニケーションの必読書である。

また、歴史修正主義の著作とは対照的に、史料に基づいた『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』の綿密な記述には、やはり歴史学の凄みを感じる。例えば美化されがちな特攻について、この本は零戦特攻は爆弾投下よりも攻撃効果が低下したものであったことを明らかにする。ここからは、日本軍がいかに太平洋戦争時に非合理的な手段を用いていたかがよく分かる。

兵士の虫歯や精神疾患、餓死、自殺、海没、多くの日本軍兵士の命が尊厳なく扱われ、不合理に奪われていった史実に向き合えば、戦争など賛美できないはずだ。著者の吉田裕先生は、右派からの攻撃を受け倒産した日本書籍の「歴史教科書」の執筆者である。しかし、この本が10万部を超えて広く読まれているという事実は、歴史が決して「イデオロギー闘争のゲーム」としてだけ消費されているのではないことを証明する「希望」である。

最後に、趣味読書の範囲から『日本鉄道史 大正・昭和戦前篇』をあげておこう。鉄道が近代国家の一大プロジェクトであることは間違いない。この本は大量の史料から国家と鉄道の歴史記述の核となる一冊だ。もちろん鉄道の歴史も戦争と切り離すことはできない。日中戦争勃発後の国鉄は、軍事輸送手段として用いられた兵站である。

戦争に乗じて予算を獲得して工期を短縮、旅客列車を間引いて軍需輸送、満州からヨーロッパへの国際鉄道網、速度向上の技術革新としての狭軌から広軌への転換計画、駅弁包装紙への「国民精神総動員」の印刷など、無理難題と夢想の国家プロジェクト。国家は、威信(気合い)をかけて、剛健な鉄の塊を爆速で「国土」に走らせる夢を見ていた。その歴史、その精神は、まさにヘヴィメタル!!!

倉橋耕平(くらはし・こうへい)

1982年生まれ。関西大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。立命館大学ほか非常勤講師。専攻は社会学・メディア文化論・ジェンダー論。著書に『歴史修正主義とサブカルチャー 90年代保守言説のメディア文化』(青弓社)、共編著に『ジェンダーとセクシュアリティ――現代社会に育つまなざし』(昭和堂)、共著に『現代フェミニズムのエシックス』(青弓社)など。