2017 10/25
私の好きな中公新書3冊

境界を食い破る/小澤英実

廣野由美子『批評理論入門 『フランケンシュタイン』解剖講義』
鈴木透『性と暴力のアメリカ 理念先行国家の矛盾と苦悶』
川島浩平『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』

事実と虚構は対立する概念ではなく、それはちょうど互いの尻尾を食らいあう二匹の蛇のように、互いの要素を内に含んだ相補的な概念である。今が「ポスト・トゥルース」の時代だとすれば、それは事実の虚構性、虚構の事実性に揺さぶりをかける格好のときだ。その解釈と問い直しの作法を教えてくれる三冊を選んだ。

『批評理論入門』は刊行から十年以上経つが、私にとって今なお色褪せない中公新書のオールタイムベスト。私もこんな本が書きたいと思いながら、学生時代から今にいたるまで、つねに傍らに置いてきた。批評理論の入門書では、各理論に適した様々な小説を引き合いに出すのが通例だが、本書は『フランシュタイン』一冊を徹底的に読み解いていく。理論を使って多様な読みを引き出すことで、理論と精読、その双方の重要性と愉楽を味わわせてくれる。また小説を読むときの方法論として二派に分かれがちな、小説技法と批評理論の双方を扱っているバランスの良さもいい。

10月初頭には米史上最悪といわれる銃乱射事件が起きたばかりだが、『性と暴力のアメリカ』は、性の抑圧と解放、リンチ的暴力が駆動してきたアメリカ史を辿る、じつに射程の広い意欲作。人種隔離や妊娠中絶や死刑にまつわる法律というシステムに焦点を置き、それが混沌とした現実に秩序を与えるのではなく、現実そのものをかたちづくるプロセスが浮き彫りにされている。

『人種とスポーツ』は、「黒人は生まれながらに身体能力が優れている」という(日本人にとりわけ根強い)生得説のステレオタイプ(私が接する学生たちには、ほとんど事実として浸透している感がある)を批判的に検証する。競技スポーツの場でも、選手の優劣が文化や環境や歴史に左右されることの論証には相応の説得力があるが、本書の美点は批判の矛先である生得説の可能性を全面的に否定しないこと。対立する概念や見解がせめぎ合う、その不断の交渉のただなかに身を置きつづけることが唯一の解だと気づかされる。

小澤英実(おざわ・えいみ)

1977年生まれ。東京学芸大学准教授。東京大学文学部言語文化学科英語英米文学専修課程卒、同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻単位取得退学。専門はアメリカ文学・文化研究。共著に『幽霊学入門』、『現代批評理論のすべて』(新書館)、翻訳にエドワード・P・ジョーンズ『地図になかった世界』(白水社)、フランク・キング『ガソリン・アレー』(創元社)など。