2017 09/05
私の好きな中公新書3冊

古代・現代・未代を駆け抜ける/ドミニク・チェン

白川静『漢字百話』
四方田犬彦『テロルと映画 スペクタクルとしての暴力』
西垣通『ビッグデータと人工知能 可能性と罠を見極める』

人は一生のうちに、あまりに知らないことが多いという実感を何度か、周期的に抱くのではないかと思う。それは意識の細胞がメキメキと壊れ、新しい組織に生え変わる変身の好機だ。ここ一年ほどは日本の歴史と向き合ってきたが、結果的に中国、アジア、そして欧米やその他の地域についても思考を張り巡らせる結果になった。

象形文字から表意文字へと発展した漢字という、アジアの広域で今日も使われている言語ツールの発生過程(プロクロニズム)を改めて消化するため、10数年ぶりに『漢字百話』を紐解いてみた。大著『字統』や『字訓』も時折ランダムアクセスするが、移動中には新書がフィットする。漢字は複数の意味が一つの字形に畳み込まれている、非常に効率的な情報圧縮技術であると同時に、その根茎において無数の異なる語彙領域と接続している。あたかも文化の伝播と混交のダイナミクスの歴史をその形態の内に湛えており、現代においては新たな感覚を表出させる撹拌機の役割も果たす。その意味では遠い古代は近代よりも「新しい」。

『テロルと映画』は、現代の文明が解決できていないテロリズムという難題を映画がどのように表象してきたか、明瞭に分析している。欧米を中心とした先進国がここ数世紀の間に犯してきた歴史的な欺瞞が尾を引きずって、現在のグローバル社会の根底に流れ続ける理不尽と不安の連鎖の構造を描き出している。私は9.11の年に20歳を迎えたが、それ以降、現在に至るまで、一度もこの大きなテーマから解放されたことがないように思う。

未だ来ぬ時代としての「未代」をどう構想するのか。人類がこれから遭遇する異質な知性の母胎となる情報技術との望ましい共生のかたちを追究する上で、「人工知能」(Artificial Intelligence)ではなく「知能増幅」(Intelligence Amplifier)を標榜する『ビッグデータと人工知能』の工学的な知見と哲学的な思惟を統合する姿勢は今後ますます重要になると考えている。

古代の知層から概念や認知を再採掘しながら、常に更新し続ける技術という未知の源泉も浴び続けることによって、複雑性の縮減に抗っていきたい。

ドミニク・チェン

1981年生まれ。フランス国籍。博士(学際情報学)、早稲田大学准教授。クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事、株式会社ディヴィデュアル共同創業者。IPA未踏IT人材育成プログラム・スーパークリエイター認定。2016年度、2017年度グッドデザイン賞・審査員兼フォーカスイシューディレクター。近著に『謎床:思考が発酵する編集術』(晶文社、松岡正剛との共著)。訳書に『ウェルビーイングの設計論:人がよりよく生きるための情報技術』(BNN新社、渡邊淳司との共同監修)など。【撮影:萩原楽太郎】