- 2017 08/02
- 知の現場から

千葉県の山中のニホンザルや、マダガスカルの無人島のアイアイなどを観察し、その生態を明らかにしてきた島泰三さん。長年の霊長類研究の成果をこれまで『親指はなぜ太いのか 直立二足歩行の起源に迫る』『ヒト――異端のサルの1億年』などにまとめている。執筆場所であるご自宅を訪ねた。

そもそも、どういったきっかけで、サル研究の道に?
「東京大学理学部人類学教室に入ったからでしょうね。最初、研究対象はサルと考えてなかったんですよ。人類学をやりたくて。研究室にチンパンジー研究をしている助手の先生がいて“タバコ代とメシ代を出すから、千葉の山の中で野生のサルを追いかけてくれ”と誘われて。まだ誰もやってないから研究する、というような理由で追っかけてましたね。でも、ひと冬サルを追いかけて、春の訪れの時期に見たサルの群れが山からいっせいに降りてくるさまが美しくてね、シーボルトが言っていた森の妖精というのはこういうことか、と思い、サルへのイメージが変わりました」と感慨深げに語る。
「1974年に雑誌『にほんざる』を創刊しました。でも2号目の表紙はイリオモテヤマネコです。研究仲間とチームで西表島に行き、その研究成果の発表の場にもなりましたので。専門の動物ばかり追いかけるわけにいかない、というような現実的な理由なのですが(笑)、そのときはイリオモテヤマネコの映像を撮るのが目的でした。『アサヒグラフ』にイリオモテヤマネコの写真が載って、TBSの『野生の王国』にフィルムを提供し、知名度も上がったし、というんで、1978年に財団法人日本野生生物研究センターを設立しました。それまで日本には鳥類や霊長類を研究する機関があるのみで、野生生物全般を研究できる場所がなかったものですから」

最初は、日本の野生生物全般のご研究だったのですね?
「マダガスカルに行ったのは、テレビ番組の撮影のためだったんですよ。私のサル研究の後輩のところに、テレビの制作会社から新しい動物番組(『わくわく動物ランド』)をつくるから協力してくれないか、という話が来ていて、それに乗っかる形です。なんでもいいから世界初の映像を撮りたい、と言われて。じゃあ世界三大珍獣を撮るのはどうだろうかと伝えたら、チーフディレクターがアイアイに関心を持ってね。マダガスカル行きましょう、という話になってしまった(笑)」
そんなに簡単に「マダガスカル行きましょう!」と企画がまとまるんですね、と驚くと「80年代で、いい時代だったんですよ」とのこと。
「それでマダガスカル行くんだけども、アイアイなんて、どこに調査ポイントがあるかもわからない。アイアイは夜行性なのに、ライトを持って行ってないもんだから、苦労の末見つけても撮影ができなかった(笑)。最初の時は、エリマキキツネザルだけ撮って帰ってきました。翌年(1984年)、撮影に成功するんだけど」などなど、島さんのマダガスカルでのエピソードは尽きない。

「最初は番組のアドバイザーとして関わったマダガスカルでしたが、アイアイの生態を観察し始めました。アイアイの指先はとっても細くて不思議なんです。それは、虫をほじるためだと言われていたんだけど、虫じゃなくて実を食べているのがわかり、実を食べるために便利な手だと解明して、論文を書きました」

それからもたびたびマダガスカルに滞在し、観察や研究を進めた島さん。
「アイアイの指の秘密は明らかにしたんですが、指や歯について、アイアイだけでなく人類まで明らかにしなければいけないと思ったんです。原猿類は比較的主食が決まっているのだけど、どんどん雑食になってくる。雑食だと説明が難しい、その謎をどう説明するか。ブレークスルーがあるんです。1995年にマダガスカルで寝っ転がっていたときに“アイアイから考えたらヒトの手の方が不思議なのだ”と気づいてね。ヒトの手は親指が太いのが特徴的なんです。詳しくは『親指はなぜ太いのか 直立二足歩行の起源に迫る』を読んでください。こういうブレークスルーが面白くて、自分は研究に向いている、と思いました」


「“これが謎だ”と自分で思うものを課題として設定して、事実の外枠を埋めていく。謎の核心部分を、たくさんの方向から攻めていくことが楽しくてね。ニホンザルだってアイアイだって、研究室の先生の研究だとかテレビ番組に巻き込まれてはじめた研究だから」
多くの動物観察や研究は、謎を解き明かすための行為。それでは、島さんにとっての“謎”とは――?
「ヒトをどう理解すればいいのか、ということが謎なんです。学生時代に関心があったのは、社会学とマルクス主義でした」
「私はヒトをトータルに理解するための学問として、結果的に自然人類学を選びました。“サルの仲間としてのヒト”に着眼しているのです」と語る。
そんな島さんの今の研究テーマは「イヌ」だそう。理由を尋ねると「ヒトをめぐる生き物模様で一番面白いと感じるのはイヌだから」という。
これからも、世界各地の野生生物のいる「現場」で、島さんのブレークスルーが起こりそうだ。