【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言刊行記念!佐川恭一スペシャルインタビュー(後編)

(※前編は、こちらから!)

――可能性をたくさん書き込める、と。つまり、ストーリーの解体という性質をもつゲームブックは、ジャック・デリダのいう文学の脱構築が自ずと企てられるという点で、高度に純文学的な試みということですね!

佐川 そうですね、デリダについてはあんまり詳しくないんですが、普通に書かれた小説が一つのストーリーという安定した同一性を持つものとすれば、それを揺るがせる複数のストーリーが書き込まれたゲームブックは、一般的な小説よりは脱構築的であると言えるのかもしれません。

 ただ、ゲームブックにしても、そこに書かれたストーリーは無限ではなく有限です。その意味ではゲームブックも安定した全体を持つものですよね。だからストーリーを解体するというよりは、複数のストーリーを内包させることのできる文学的方法として、ゲームブック形式が見直されてもいいのではないかと思っています。

 ゲームブック自体は昔からあったし、シナリオゲームの流行も定期的にありました。しかし、おそらくいずれも遊べる「ゲーム」であることに主眼を置いていて、受け手も主にエンターテインメントの一類型としてそれらを認識してきたと思います。でも、それは文学という芸術の可能性を広げる形式だと捉えることもできるのではないでしょうか。一つの可能性を選んで他を捨てなければならないというゲームブックの特性は、そのまま私たちの人生の特性でもあります。そう考えれば、ゲームブックほど真のリアリズムに近い文学形式はありません。

 脱構築という観点でいうなら、日本の文芸の世界ではエンターテインメントVS純文学、という構図が二項対立としてあると思いますが、エンタメ好きはエンタメを優位に考えるし、純文学好きは純文学を優位に考えるものでしょう。しかしながら、この二つは相互に影響し合いながら発展してきたもの、あるいは発展させることのできるものだと思いますし、どちらが優位ということは最終的に決定できません。デリダは二項対立を脱構築する第三項として「パルマコン」という、古代ギリシャ語で薬でも毒でもあるという意味の言葉を用いていますが、このゲームブックをパルマコン的なものとして、エンターテインメントVS純文学という構図を脱構築するものとして捉えることもできるかもしれません。知らんけど。

――パルマコン......英語の「薬」、pharmacy の語源になった言葉ですね。世の中、薬にも毒にもならん小説がたくさんある、と今朝イノダコーヒで修学旅行中らしき男子中学生が言っていましたが、用法用量次第では薬にも毒にもなる本作をプレイしてほしい方はいますか?

佐川 そうですね、作家志望の方や芥川賞・直木賞受賞者の方々にはもちろんプレイしてもらいたいんですが、各賞選考委員のみなさまにもぜひ、自分のワナビ時代を思い出しながら楽しんでいただきたいと思っています。
 他のジャンルでは、最近夜中に家事をしている時、YouTubeで「さらば青春の光」さんの動画をラジオ感覚で聴きながら楽しませていただいてまして、森田さんや東ブクロ先生に読んでいただけたら嬉しいですね。特に東ブクロ先生は、まさにこのゲームブックを執筆している最中「笑いについて」という1300字の名著を出されまして、その内容に大いに刺激を受けました。

――では、最後に佐川さんの「芥川賞受賞宣言」を是非!

佐川 そもそも二十五歳ぐらいで芥川賞を獲れると確信して小説を書いていたのですが、いつの間にか三十八歳になってしまいました。今の僕はよく、ものを書く時に自分の人生を活用できる手法を採っています。東大ではなく京大卒だから書けること、現役ではなく浪人だったから書けること、大企業に勤め続けるのではなく一瞬でやめたから書けること、モテ男でなく非モテだから書けること――これは自分の経験が書きやすいから書いているというだけのことではなく、おそらくそれほどうまくいっていない人生をアクロバティックに肯定するための、一種の祈りのような行為なのではないかと思います。そしてこの作品もまた、「芥川賞を獲っていないから」書けたものに他なりません。この『ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言~新感覚文豪ゲームブック~』は、ゲームブックという形式を活用しながら僕の作家としての人生のすべてを書き込んだ、バチバチに伝統的な私小説系純文学と見ることもできるのです。エンターテインメントの形式と伝統的な純文学が混在したこの作品の真価が芸術としてまともに評価されたなら、僕はほぼ確実に次回の芥川賞を受賞することになるでしょう。

――ありがとうございます。その言葉を待っておりました......では、待ち会はカラオケで、ですね。本日はインタビューに答えてくださり、ありがとうございました!

(2023年9月)

【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言

Synopsisあらすじ

君は「ゲームブック」を知っているか――

ある世代以上の諸姉諸兄には懐かしく、ナウなヤングの目には新鮮に映るであろう一冊の本が誕生する。



2023年9月21日発売、鬼才・佐川恭一が贈る「ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言~新感覚文豪ゲームブック~」。



ゲームブックは1980年代に一世を風靡し、ファミコンの隆盛とともに衰退した。

いまさらゲームブックなんて時代錯誤だ……さて、果たしてそうであろうか?

ならば、お試しいただきたい。諸姉諸兄にも、ナウなヤングにも、ソシャゲ重課金勢にも。



――そう、主人公は、君だ!



(毎週木曜日更新)

Profile著者紹介

佐川恭一(さがわ・きょういち)

1985年、滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業。2011年「終わりなき不在」で第3回日本文学館出版大賞ノベル部門を受賞。19年「踊る阿呆」で第2回阿波しらさぎ文学賞を受賞。著書に『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』などがある。

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