【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言プロローグ

プロローグ

 君が小説を書き始めたのは大学に入った年だった。きっかけは、好きになった美人の女の子が小説をめちゃくちゃ読んでいて、すばらしい作品を書く作家をまるで神様のように崇拝していたからだ。
 君の家族に本を読む人間は一人もおらず、君は小説なんてほとんど読んだことがなかった。しかし、君が好きになった美人読書家はとにかく本の話をするのが好きで、君が何らかのホットな話題を掘り出して彼女を笑顔にしたとしても、周囲のインテリ風の読書家たちが少し「太宰はさ......」とか「安吾っていうのは......」などと言い始めると、君のことなどそっちのけで小説について熱っぽく語り出すのだ。彼女は自分のタイプの男性は「なかやまきんに君みたいなマッチョ」と言っていたが、それが本当かどうかはわからなかった。彼女の周りには細身のメガネ野郎ばかりが寄ってきていて、君は彼らにつねに敗北した。その状況を打破すべく、君はそのインテリ風の読書家どもを倒す戦いを始めることにした。
 まず君は古本屋で有名な小説を見つけては片っ端から読んでいった。だが、読書習慣のない君にとって読書は苦痛でしかなく、なんとか内容をまとめてそれらしい感想をこしらえても、それが美人読書家の胸をときめかせることはなかった。君の付け焼き刃の知識では、真の読書家たる彼女を振り向かせることができなかったのだ。彼女の興味を惹き付けたのは、根っからの読書好きであるインテリ風の野郎どもだった。
 そのころ、君はEテレの「100分de名著」を録画し、本の内容を効率よく摂取する試みも始めていたが、あるとき思想家・吉本隆明の『共同幻想論』が取り上げられている回を見た。そして君は衝撃を受ける。内容にではない。指南役の先崎彰容という学者の話し方が、君の周りにいたインテリ風読書家たちにそっくりだったのである! 君はこの話し方を習得しようと努力を重ねるが、かつて家族からも「あんたってほんまアホそうな喋り方すんな」と言われていた君は、なかなかアホそうな喋り方を脱却することができない。懸命に読んだ本も、相変わらず面白いとは思えなかった。
 やがて「100分de名著」で社会学者ピエール・ブルデューの『ディスタンクシオン』が取り上げられた。指南役の岸政彦によって「文化資本」の概念を知ることとなった君は大きなショックを受け、もうあのインテリ風読書家たちに、読書の路線で立ち向かうことはやめようと決意する。インテリ風読書家たちの一人は、家におそろしく大きな本棚がいくつもあって、親の揃えていた日本文学全集や世界文学全集を小学生のときから愛読していたと言っていたし、他の者どもも大抵は幼い頃から名作に親しんでいたようだったからだ。君の家の本棚にあったのは、父の好きな漫画ばかりだった。父が揃えていたのは『サラリーマン金太郎』『課長 島耕作』『ナニワ金融道』『右曲がりのダンディー』などで、他にビジネス書はたくさんあったものの、見つけた小説はたったの四冊。それは『美人女医・挑発診察室』(鳴海英介、フランス書院、一九九七)と『遺作』三部作(麻田卵人、原作エルフ、ケイエスエスノベルズ、一九九八)である。この四冊について、君は小説というよりも実用書として使用したので、それを小説体験として数えることは難しい(余談だが、君は父が揃えていたスーパーファミコンのソフトのうち、『ジーコ サッカー』を遊んでみようとしたとき、画面に映し出された『SM調教師瞳』に驚いたこともある。いわゆる改造ソフトだったが、君はこのゲームを親に隠れて夜な夜なプレイしたことを、今でも忘れがたい胸躍る経験として記憶している)。
 おそらく君の十代における読書環境は世界最低クラスのものであり、インテリ風読書家との階級差は容易に逆転できるほど小さなものではないと思われた。君が思いついたインテリ風読書家を超える唯一の方法は、君が美人読書家の神になること、つまりは名作を書く大作家になることだった。君は、かつて中学時代に学級新聞に書いた短い文章が学年で評判になったことを思い出す。あれは、ある男が好きな女の子にラブレターを書き、それを渡そうとしてはありえない出来事によって阻まれる、ということが繰り返される話で、結局ラブレターは長野オリンピックのスキー日本代表・原田雅彦のスキー板の裏に貼りついているというオチだったのだが、目立たないキャラだった君はそのとき、一時的に人気者になったのだった。
 もしかすると、自分にはものを書くほうの才能があるのかもしれない。インテリ風読書家どもは本をむさぼるように読むばかりで、何かものを書こうという動きは見せていなかった。
 そうして、君は小説を書いてみることにした。とにかく自分のセンスを信じ、君は疾走するように小説を書き続けた。そして、はじめて原稿用紙二百枚ほどの作品を書き上げて大きな文学賞に応募したものが、一次選考を通過したのだ。
 こりゃいける、と君は思う。君は自分が本気を出せば、近いうちに文学賞を獲れると確信する。いや、芥川賞も夢ではないと思う。君は芥川賞を獲って君の好きな女の子の神になり、いけすかないインテリ風読書家どもを圧倒し、彼女に愛を告白しようと決めた。

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【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言

Synopsisあらすじ

君は「ゲームブック」を知っているか――

ある世代以上の諸姉諸兄には懐かしく、ナウなヤングの目には新鮮に映るであろう一冊の本が誕生する。



2023年9月21日発売、鬼才・佐川恭一が贈る「ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言~新感覚文豪ゲームブック~」。



ゲームブックは1980年代に一世を風靡し、ファミコンの隆盛とともに衰退した。

いまさらゲームブックなんて時代錯誤だ……さて、果たしてそうであろうか?

ならば、お試しいただきたい。諸姉諸兄にも、ナウなヤングにも、ソシャゲ重課金勢にも。



――そう、主人公は、君だ!



(毎週木曜日更新)

Profile著者紹介

佐川恭一(さがわ・きょういち)

1985年、滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業。2011年「終わりなき不在」で第3回日本文学館出版大賞ノベル部門を受賞。19年「踊る阿呆」で第2回阿波しらさぎ文学賞を受賞。著書に『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』などがある。

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