【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言27

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 君は自分の競馬チャンネルを高倍率の三連単のみに絞ったガチ予想チャンネルにしていく。君はだんだん喋りもうまくなり、再生数も少しずつ稼げるようになってくるが、肝心の予想があまり当たらない。君は勉強に勉強を重ねる。競馬のことばかり考える日々が続き、いつの間にか会社の休職期限目前となり、会社に復帰するが、デスクでも競馬のことしか考えられなくなっている。競馬のことしか考えられないので、上司からどれほどひどい扱いを受けようが電話相手からいくら罵られようが、心はまったく傷つかなくなっている。君は「これはこれで一つの生存戦略だな」と思うが、気づけばクビになっていた。君はさらに競馬予想に精を出す。そのまま軽いバイトもやりながら貯金を切り崩して一年ほど続けていると、明らかに予想の精度が上がってくる。君は君の頭の中に何やら言葉で説明できないアルゴリズム的なものが組み上がっているのを感じる。君はある程度のデータを見ると、すぐにレースの展開が映像として頭に浮かび、買い目を導き出すことができるようになっている。君の的中率の高さが一部界隈でにわかに騒がれ出し、やがてチャンネル登録者数が一万人を超える。YouTuber として活動し始めて三年目、君はついに爆勝ちする。勝ちに勝ち、年間で二十三億賭けて二十七億が返ってくる。四億円のプラス。君は人生を攻略したと感じる。しかし確定申告で外れ馬券が経費として認められず、君はクソほど追徴課税される。たまらず起こした裁判でも君の言語化できないノウハウが認められず、君は一発で破産する。もうやる気も何も起きない。競馬も見なくなり、動画の配信もしなくなる。君は年とG1レース名を言われればその実況を完全に再現できる特技をも身に付けていたが、もう何の役にも立たない。たまに駆け出しの YouTuber に呼ばれ、その特技を披露して喜ばれるぐらいのものである。君は一作だけ渾身の競馬小説を書いたが、二、三の文学賞に応募してどれも一次選考すら通らなかった。
 君はやがて家賃を滞納し始め、一人暮らしの部屋を追い出される。実家に帰る気にはならず、日雇いの仕事をしながらネットカフェに泊まる。重い木材を運んだり、ブロックを積み上げたりする仕事が多く、最初のうちは周囲の足手まといにしかならなかったが、だんだんコツがつかめてくる。身体もがっしりしてきて、最初は馬鹿にしてきた先輩たちも「兄ちゃんできるようになってきたやんか」と声をかけてくれるようになり、やがて昼ご飯も一緒に食べてくれるようになる。君はその信頼関係が出来上がっていく過程で「これが生きるということなのだ」と思う。
「これこそが生だ、文学の中にある生は、本物に迫ろうとして迫り切れないちゃちなレプリカにすぎない」
 君は筋肉がついて前よりも重くなった身体の重みを、そのまま人生の重みであるかのように感じていた。それから君が文章を書くことは生涯で二度となく、一冊の本を読み通すことすらほとんどなかったのだった。

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【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言

Synopsisあらすじ

君は「ゲームブック」を知っているか――

ある世代以上の諸姉諸兄には懐かしく、ナウなヤングの目には新鮮に映るであろう一冊の本が誕生する。



2023年9月21日発売、鬼才・佐川恭一が贈る「ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言~新感覚文豪ゲームブック~」。



ゲームブックは1980年代に一世を風靡し、ファミコンの隆盛とともに衰退した。

いまさらゲームブックなんて時代錯誤だ……さて、果たしてそうであろうか?

ならば、お試しいただきたい。諸姉諸兄にも、ナウなヤングにも、ソシャゲ重課金勢にも。



――そう、主人公は、君だ!



(毎週木曜日更新)

Profile著者紹介

佐川恭一(さがわ・きょういち)

1985年、滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業。2011年「終わりなき不在」で第3回日本文学館出版大賞ノベル部門を受賞。19年「踊る阿呆」で第2回阿波しらさぎ文学賞を受賞。著書に『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』などがある。

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