【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言13

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 君は就職しないまま大学を卒業し、数年間実家で小説を書き続けるが、母にめちゃめちゃに怒られ続ける日々である。まだ働いている父も、帰って来るなり「いやー、今日もゴクツブシのためによう働いたわ。アホらしなってくるのう!」と叫ぶので、精神的に少しずつ削られてしまう。君は精神を削られることで書ける何かがあるかもしれない、とも思ったりしたが、削られるとその分書けなくなるだけだった。書けるようになるタイプもいるかもしれないが、少なくとも君はそのタイプではなかった。いっそ、実家出たろうか? 自分でもうちょっとバイト増やして、一人暮らししたろか? 君はそう考えるが、ふつうにバイトを増やすストレスのほうがヤバイと思い直す。家族はしょせん家族であって、子に対して徹底的に冷酷にはなれないのだ、と君は考える。君の両親は昔からまともな両親で、君をずっと愛していたし、いまも愛しているのだ、と君は思う。オカンのいびりとオトンの帰宅後の叫びさえ耐えれば、快適な住居と食事が保証されるのだから、これを手放す手はない......
 ある日、父が帰ってきて、またごちゃごちゃ言いよるぞ、と君がいつも通り心のバリアを張ったところ、父が和室を指差して落ち着いたトーンで「お前、ちょっと座れ」と言う。君は座る。
「お前、ちゃんと書いてるか?」と父が言う。
「書いてるわ、毎日」と君が言う。
「真剣に書いてるか?」
 父の目がヤバイのがわかった。君が父のその目を見たのは、家族旅行に出かけた帰り、煽り運転をしてきた車を減速して止まらせ、中の男を引きずり出して土下座させたとき以来だった。
「し、真剣にやってるわ、当たり前やんか」
 君は声が震えるのを感じる。俺は本当に真剣にやれているのだろうか? おそらく父の考える「真剣」には至っていないだろう。父はおもむろに立ち上がり、高そうな金色の掛け軸の前に飾ってある日本刀を手に取った。父がかなりの金を出して買った本物の刀である。君の額に汗がにじむ。
「ほう。その世界のことはよう知らんけど、一日何枚書いてるんや?」
「何枚ってそら、原稿用紙に換算していうと......」
 君は実際のところ、毎日書いてはいない。もちろん捗って五十枚以上書く日もあるが、寝ているだけのこともあるし、YouTube を見るだけのこともある。どう答えるか悩んだが、君は嘘をついてもいいことはないと考え、正直に答える。
「まあ書ける日もあれば書けへん日もあるんやけど、大体平均して十枚ぐらいかな」
「オルァーーーーッ!」
 君はオトンが瞬時に抜刀し、振りかぶるのを見る。振り下ろされる刀を必死に避けると、それは後ろの襖をぶち破った。
「お前よけんなやァ! お前よりもな、その襖のほうが世の中に役立っとるわい。襖さんに土下座して謝らんかい!」
「あ、あ、襖さん、すみませんでした! 襖さん、許してください!」
 君はとっさに襖さんに土下座する。
「お前なあ、十枚ってふざけとんのか? 最大でも四千字やろ? わしら普通のサラリーマンのちょろっとした報告書でもそんくらい書いとるわ。他にも色々やることがある中でやぞ? それがお前、ずっと家におって十枚ってありえへんやろうが‼」
「ま、待ってくれって、そらそうかもしれん、報告書でも字数はそんくらいあるかもしれん、でも小説と報告書は違うんやて! 小説って書けばいいってもんじゃないから、こう、考えてる時間とかもあって......」
「お前報告書なめんなよ? 報告書も考える時間いるに決まってるやろが! そんで上にしばかれて突き返されることもある、そんなことも想像できんか? 家にいて誰からも文句言われんと好き勝手書いて公募出すだけやとガキ特有の全能感からも脱出できんか? へえー社会に出てない人間ってこんなアホのままやったんやなあ、アホのままやのに小説って書けるんかなあ、サラリーマンのことも社会のことも何もわからんで、高校生とか大学生の話ばっかり書いてごまかすんかなあ、そんな貧弱なインプットで作家になれるんかなぁー‼」
 興奮した父がまた刀を振り下ろす。腰が抜けている君はもううまく避けることができない。父に頭をかち割られて死ぬ。これが俺の人生だったのだ、と君は思う。君はせめて人生でもっとも楽しかった瞬間を思い出したかったが、何も思い浮かんでこない。まったくいいことがなかったということもないはずだが、君が思い出したのは、遊園地のジェットコースターに乗った後にひどく酔ってベンチに横たわっていた記憶や、父のお気に入りのステーキ専門店に車で連れて行かれる途中にひどく酔って店内でぐったりしていた記憶、そういったつらいものばかりで、幸福の光が君を照らしたような過去は見当たらなかった。君はあきらめて目を閉じる。さようなら、私の夢よ! さようなら、私の人生よ!
 ドスッ‼
 父の振り下ろした刀は君のついた右手の指と指の間に突き刺さる。
「あっ、あっ......」
 君は声を出せずに震えている。父は畳から刀を抜いて君の顔に突きつけながら言う。
「ええか、今年で賞獲れんかったらコレで指落とすぞ」
「い、いや、ハハ、そら獲る気ではいくって、絶対獲るって気で今も書いてるけど、どうしても相手のいることやし、選考委員の好みとかも......」
「ごちゃごちゃ言うなぃ‼」
 君の父は刀を君の情けなく開いた股の間に突き立てる。
「うわっ‼」
「お前、言い訳から入る癖やめろ。とりあえず今年これから出す賞全部教えろ。表作って冷蔵庫に貼っとけ。結果が出たら俺に言え」
「わ、わかった」
 君はもうヤバイと思う。文学賞に絶対はない。大体、今本屋に並んでいる本だって新人賞に出したら一次も通過しないものばかりだ。いや、それは言い過ぎか? だが、君の感覚では、本屋に並んでいる本の九割は一次落ちだ。一度は新人賞に通り、その後プロとしてやっていけるだけの成果は残した作家なのかもしれないが、おそらく、その著作の九割は一次落ちに終わる。それが君の持っている率直な印象である。君の書いた作品がそうした壁を越え、最終選考まで残ったとしても、結果はそのときの選考委員によって大きく左右される。君の書く作品を評価してくれそうな作家もいれば、絶対にこんなものを通すなという作家もいるだろう。ある程度それを見越して作品を書かねばならないし、出す賞を選ばなくてはならない。だが、ある程度選考は通りそうだ、という賞の最終選考委員を見ると絶対に君と合わない作家が並んでいたり、相性が悪く一次通過も難しそうだ、という賞に限って最終選考委員は君とそりが合いそうだったりする。すべてがうまく噛み合う賞というのは、なかなか見当たらないものなのだ。そういうことを君は父に伝えたいが、おそらくわかってもらえないだろう。君は言われたとおりに文学賞の表を作成する。

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【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言

Synopsisあらすじ

君は「ゲームブック」を知っているか――

ある世代以上の諸姉諸兄には懐かしく、ナウなヤングの目には新鮮に映るであろう一冊の本が誕生する。



2023年9月21日発売、鬼才・佐川恭一が贈る「ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言~新感覚文豪ゲームブック~」。



ゲームブックは1980年代に一世を風靡し、ファミコンの隆盛とともに衰退した。

いまさらゲームブックなんて時代錯誤だ……さて、果たしてそうであろうか?

ならば、お試しいただきたい。諸姉諸兄にも、ナウなヤングにも、ソシャゲ重課金勢にも。



――そう、主人公は、君だ!



(毎週木曜日更新)

Profile著者紹介

佐川恭一(さがわ・きょういち)

1985年、滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業。2011年「終わりなき不在」で第3回日本文学館出版大賞ノベル部門を受賞。19年「踊る阿呆」で第2回阿波しらさぎ文学賞を受賞。著書に『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』などがある。

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