【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言5

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 君は世間の評判は気にせずゆるゆると競馬チャンネルを続ける。再生数は多くても五百程度だが、特にやり方を変えようとはしない。するとある日、君のツイッターにDMが届く。見てみると、なんと競馬に造詣が深く、競馬関連の著作もたくさん出している山本周五郎賞作家である。山本周五郎賞作家は「あなたのチャンネル、日々楽しく拝見しています」と言う。
「いつも予想の着眼点がいいですね。もしよろしければ、一度お会いしませんか?」
 君は山本周五郎賞作家からのまさかの誘いに二つ返事でOKする。山本周五郎賞作家は鉄板焼きのクソ高そうな店でご飯と酒を奢ってくれる。話を聞いてみると、山本周五郎賞作家はもう文壇周辺の人間との付き合いにうんざりしているらしかった。君たちは競馬の話で盛り上がり、そして少し落ち着いてきた頃、君が働き始めるまでは小説を書いていたことを打ち明け、スマホに残っていた断片を少し読んでもらう。すると山本周五郎賞作家は「君、純文学のほうでいけるかもしれないな」と目を輝かせた。
「僕が知っている編集者を紹介するから、もしいいのが書けたら送ってみるといい。こいつは小説を見る目は確かだよ」
 君は編集者の連絡先を受け取り、その後三軒目まで回ってフラフラで解散する。山本周五郎賞作家は「君の小説が文芸誌で読めるのを楽しみにしてるよ」と言い、君に手を振って去る。君はかつてないほどテンションが上がり切っているのを感じる。今なら普段は緊張して話せない綺麗な女の子とも話せる! そう思った君はギャラ飲みアプリでギャラ飲みの女の子を呼ぶ。一度使ってみたかったのだ。君はいまや、大手出版社の編集者に小説を送って読んでもらうことのできる人間なのだ。大手出版社の編集者に小説を送って読んでもらうことのできる人間が、この街に一体何人いるだろう? お前らは一流大学を出ているかもしれないし、一流企業に勤めているかもしれないし、タワマン最上階や大豪邸に住んでいるかもしれない。しかし、大手出版社の編集者に小説を送って読んでもらうことはできまい......
 君は歩き方が偉そうになってくる。偉そうに歩きながら、君はギャラ飲みアプリで三十分一万円のメチャカワ女子大生を呼ぶ。待ち合わせ場所に現れたメチャカワ女子大生は写真をはるかに超越する可愛さで君を圧倒し、「あっ、こんばんは~♪」と言う。大手出版社の編集者に小説を送ることができる人間だという自信で無敵状態になっていた君は、ひるむ。メチャカワ女子大生を選んだとはいえ、ここまで可愛すぎる子が来るとは思っていなかった。君はそのへんのまあまあ高いバーに入り、メチャカワ女子大生と飲む。メチャカワ女子大生は酒豪で、君は同じペースで飲んでいくが、なんと、相手が可愛すぎて緊張してまったく酔わない。
「え、もう結構飲んだ後なんですよね? お酒めっちゃ強くないですか?」
 メチャカワ女子大生がそう言って君に笑いかける。君はもうマジで緊張しすぎたため、「そういえばさー」と言う。
「さっき俺、有名な小説家に会ってて。それで、俺も小説書いてるもんだから、ちょっとだけ読んでもらったのね。そしたら『君、かなり見込みあるな』なんて言って、大手出版社の編集の連絡先くれたんだよね。いやー、参った。頑張って小説書かなきゃなあ」
 君はそう言って、自分が結構すごい存在であることを認識させ、相手を少しびびらせることによって、自らの緊張をやわらげようとする。しかしメチャカワ女子大生は、「えー、すごい偶然! 私も小説書いてるんですよ!」などと言ってくる。君は自分のフィールドの話になったと安心し、「へー、どんなの書いてるの」と若干値踏みしてる感じで言う。
「あのー、まあ純文学系なんですけど。実は私、半年前に芥川賞獲ってて」
 君は「ええっ⁉」と言う。めちゃくちゃデカい声が出てしまう。バーテンダーが咳払いして君を咎める。
「ちょっと、ビックリしすぎですよ。まあ、私もまだまだこれからって感じで。ずっと自分の普通の体験の中で書いてきたんで、今ギャラ飲みとかパパ活とかの取材してて、その一環で自分もやってみてるんですよね。もちろん、面白い体験をすれば面白い小説が書けるわけではないんですけど、体験できるならしたほうがいいと思いません?」
 君は愕然として、メチャカワ女子大生の話をそれ以上聞くことができない。君はバー代とメチャカワ女子大生へのギャラを払い、沈鬱な面持ちで自分の部屋へ帰る。しかし、山本周五郎賞作家にもらったチャンスを逃すわけにはいかない。ここからあのメチャカワ女子大生を作家として抜き去ることだって、まったく不可能な話ではないのだ。君は自らの精神を奮い立たせ、短編小説を一気に書き上げて山本周五郎賞作家に教えてもらった編集者に送りつける。
「ありがとうございます! 少々お時間をいただきます」
 君は本当に返事が来たことに興奮したが、次の日からはそれまでと変わらない冴えない日々を送る。競馬チャンネルにも身が入らなくなり、毎日メールボックスを開きまくるが、アホな詐欺メールしかきていない。櫻井翔や山Pやコムドットのメンバーからだ。長澤まさみから来た時には一瞬返信しそうになったが、踏みとどまった。そうして二か月が経った。そろそろ返事が欲しいところだが、君にはどのぐらい待てばいいのか、出版界の相場がわからない。さて、どうしようか?

編集者にもう一度メールを送るなら→ 23へ
もう少し様子を見るなら→ 30へ

【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言

Synopsisあらすじ

君は「ゲームブック」を知っているか――

ある世代以上の諸姉諸兄には懐かしく、ナウなヤングの目には新鮮に映るであろう一冊の本が誕生する。



2023年9月21日発売、鬼才・佐川恭一が贈る「ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言~新感覚文豪ゲームブック~」。



ゲームブックは1980年代に一世を風靡し、ファミコンの隆盛とともに衰退した。

いまさらゲームブックなんて時代錯誤だ……さて、果たしてそうであろうか?

ならば、お試しいただきたい。諸姉諸兄にも、ナウなヤングにも、ソシャゲ重課金勢にも。



――そう、主人公は、君だ!



(毎週木曜日更新)

Profile著者紹介

佐川恭一(さがわ・きょういち)

1985年、滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業。2011年「終わりなき不在」で第3回日本文学館出版大賞ノベル部門を受賞。19年「踊る阿呆」で第2回阿波しらさぎ文学賞を受賞。著書に『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』などがある。

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