【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言1

1

 君は小説を二年間書き続けたが、どれも公募の一次選考や二次選考どまりで、やや停滞気味といったところだ。君は自分の作品の力を信じており、どの文学賞の受賞作を読んでも自作のほうが面白いと感じるが、結局、受賞しないことには始まらない。君は作家を目指す人間が集まるインターネットの掲示板を訪れ、自分が一次や二次選考に通っているのをいいことに、「一次は日本語さえまともなら通る」「本気でやって一次も通らないならやめたほうがいい」などと、鬱憤ばらしの書き込みをする。それに賛同する者や反発する者が現れて激論になる夜もあったし、最終選考まで残った者が現れて「三年やって最終にも残れないやつは才能がない」と言い、それに君や他の最終未経験者が反撃し続ける夜もあった。
 そうこうしているうちに、周りが就職活動を始める。みんなが会社説明会だの就活イベントだの企業研究だの自己PRだの志望動機だの言い出す中で、君は流れに逆らって部屋で小説を書きまくる。君には書きたい小説が山ほどあり、書くネタに困るということはない。アイデアは泉のように湧き出て、それを形にするのはほとんど指の運動といったおもむきである。しかし、本当に君の小説が新人賞を獲り、その勢いのままに芥川賞を獲り、あの美人読書家の神となり、しかも界隈では十年と言われる芥川賞の賞味期限が切れる前に売れっ子作家への道を切り拓くことができるのかどうか、君は怪しく思い始める。君は世間が君の小説に追いついていないと感じている。君の小説を世間が評価するのにあと五年、下手をすると十年二十年の月日がかかる可能性も、ないとは言えなかった。周りの友人たちも、「お前、さすがに就職はしといたほうがいいぞ」「働きながらでも書けるやろ」と言ってくる。美人読書家も就活を始めていたし、あのインテリ風読書家どもも彼女と同じ業界を中心に活動しているようだった。
 君のもっとも仲良くしている―といってもほとんどの時間を小説につぎ込んでいるため、世間的に見れば大した仲の良さではない―友人の大塚が、「今度の就活イベント、一緒に行こうや」と誘ってきた。そこではたくさんの企業が集まって説明会をしたり、就活サイトの運営会社がエントリーシートの書き方講座を開いてくれたり、お笑い芸人が就活をテーマとした漫才を見せてくれたりするという。君はそうした光景を想像しただけでげんなりする。
 しかし、自分を世間が理解するまでのあいだ、仮にでも就職しておいたほうがいいのかもしれないと君は思う。大塚は「なあ、他に一緒に行けるやつおらんねん。小説のネタ作りやと思って来てくれや」と君に冗談っぽく頭を下げる。さて、どうしたものだろうか?

就活イベントに参加するなら→ 8へ
参加しないなら→ 13へ

【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言

Synopsisあらすじ

君は「ゲームブック」を知っているか――

ある世代以上の諸姉諸兄には懐かしく、ナウなヤングの目には新鮮に映るであろう一冊の本が誕生する。



2023年9月21日発売、鬼才・佐川恭一が贈る「ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言~新感覚文豪ゲームブック~」。



ゲームブックは1980年代に一世を風靡し、ファミコンの隆盛とともに衰退した。

いまさらゲームブックなんて時代錯誤だ……さて、果たしてそうであろうか?

ならば、お試しいただきたい。諸姉諸兄にも、ナウなヤングにも、ソシャゲ重課金勢にも。



――そう、主人公は、君だ!



(毎週木曜日更新)

Profile著者紹介

佐川恭一(さがわ・きょういち)

1985年、滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業。2011年「終わりなき不在」で第3回日本文学館出版大賞ノベル部門を受賞。19年「踊る阿呆」で第2回阿波しらさぎ文学賞を受賞。著書に『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』などがある。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー