【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言4

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 君はワードでこれから出す予定の文学賞とその締め切りを十五個ほど書き出して父に渡す。父は「こんだけか?」と睨みつける。
「これまで全然通ってへんのやろ? 百でも二百でも出さなあかんのちゃうんかい!」
「ま、待ってくれやオトン、それはほんまに無理や。そんなに書いても絶対一個一個の質が落ちる、さすがにキツすぎるわ。ちょっと今年はこの十五でいかせてえや。これはホンマに頼むわ」
「フン......」
 父はそれで一応引き下がった。君はもう大変なことになったと思う。今年で成果が出せなければ、恐らく本当にエンコを詰めるか、家を追い出されることになるだろう。君は必死になって小説を書く。目標にしている文学賞に向けて書きまくり、出しまくる。だが手を動かせば動かすほど、君の心に巣食う不安は大きくなる。落ちる。君はそう思う。ネットで応募する瞬間、郵便局から原稿を送る瞬間、あ、落ちる、と君は思う。君はいつの間にか、文学賞を受賞する自分をまったく想像できなくなっていることに気づく。ヤバイ、と君は思う。ヤバイ、と君は思っている。夜も眠れなくなり、どうせ眠れないならと小説を書いてみるが、そういうときに書いてみてもうまく考えがまとまらない。君は何をしていても、巨大な「ヤバイ」に頭を支配され、焦りだけが募っていく。
 そんなある日、君にある女性からラインが届く。
「久しぶり。元気してる? ってか私のこと覚えてる?」
 それは君が三年ほど前に街コンで会った女の子で、かなりゆうちゃみに似ていた。君はその街コンに勇気を出して参加したのだったが、誰ともうまく話せず涙目になっていた。そんななか、ゆうちゃみ似のモデル系白ギャルは君に積極的に話しかけてくれ、会話をリードしてくれたのだった。誰と話してもいいフリートークの時間になると、君のところには誰も来なかったが、モデル系白ギャルだけは来てくれて、五分ほど相手してくれ、しかもラインの交換までしてくれたのだ。帰宅後、君からモデル系白ギャルに長いお礼のラインを送った。君がこれまで女性と付き合ったことがないこと、その街コンで誰にも相手されずつらい思いをしていたこと、その自分をモデル系白ギャルが救ってくれたこと、これから生きる勇気をモデル系白ギャルが与えてくれたこと、そうしたことを熱心に書いて送った。モデル系白ギャルからは一瞬で猫のキャラクターがサムズアップしたスタンプが送られてきて、それきりだった。そのスタンプの下に、まるでそれからの三年などなかったことのようにメッセージが届いたのである。何も成し遂げることのできなかった、そして歳だけを重ねてしまった三年だったが、モデル系白ギャルのメッセージを見たとき、三年など大した月日ではないのかもしれない、と君は勇気づけられた。君はモデル系白ギャルの笑顔を思い出し、モデル系白ギャルの香水の香りを思い出し、モデル系白ギャルの耳でキラキラ光っていたクロスのピアスを思い出し、モデル系白ギャルの肩とか太ももとかの出まくったエロエロの服を思い出し、「もちろん憶えてます!」と勢いこんで返事をする。「あの日はほんとに楽しかったです、今でもはっきり思い出せるくらい最高の夜でした。本当にありがとうございました」
 君がそう送るとモデル系白ギャルからは一瞬で「えーうれしー笑」と返事がくる。
「なんかウチもけっこうあの日のこと覚えてて、たまに思い出したりとかしててん。そんで、久々に会いたいなって思って」
 君は天にも昇る気持ちで「えっ、うれしすぎます! 僕も会いたいです!」と返す。普通に結構キモい返しだが、君はもう客観的な判断力を失っている。
「え、ほんま? うれしー笑 今度ウチと友達らでホームパーティやんねんけどさ、よかったら来る?」
 君は即答で参加を表明する。君は指定されたマンションへ行く。タワマンと言えるかどうか微妙だが、そこはかとないタワー感の香るマンションである。マンションの入り口前にモデル系白ギャルがいて、君が「あ、あ、お久しぶりです」と言うと、モデル系白ギャルは君を真顔で一瞬見てから、「あっ久しぶりー元気してた?」と笑顔になった。こいつ俺の顔覚えてねーな、と君は思うが、いや、あれから三年たったのだし、俺も変わったのかもしれない、髪型とかも違うやろうし、とも思う。モデル系白ギャルはやはり君との会話をリードしてくれる。君が案内されたのはタワマンの共有スペースである。そこにはすでに十五人以上の人がいて談笑している。君はモデル系白ギャルに連れられてみんなに自己紹介をしてまわり、それから室内バーベキューみたいなものが始まる。みんなで好きに肉や野菜を焼き、酒を飲みながら食べる。人見知りがすごい君だが、モデル系白ギャルが一緒にいると、不思議なことに誰とでも話すことができ、しかも君が大変に「面白い」人物だということになっていくのである。君は酒をぐびぐび飲みながら、だんだん楽しい気分になっていく。こんなに楽しいのはいつぶりだろう、と君は思う。そこにはいろんな職業の人がいて、君の知らない世界のことをたくさん教えてくれる。君はモデル系白ギャル以外に興味はないが、まあ小説の材料ぐらいにはしてやるか、などと酔った頭で思いながら話を聞く。
「な? みんないろんな仕事してはんねん。ウチも普段は歯医者の受付やってんねんけどさ、このまま終わるつもりはないんよね。年収も知れてるし、収入源が一つっていうのも不安やし。ここにいるみんなも、ああ見えてもっと大きい夢持ってんねんで」
「大きい夢?」
「うん、もっと成功してお金持ちになって、好きなことばっかりできる環境を作るっていうのが、人生として最高やと思わん?」
「まあ、そんなんできたら最高やけど」
「そうやんなー! 絶対わかってくれると思ってた!」
 モデル系白ギャルは君の手を握る。両手で、である。君はそのぬくもりにとろけそうになる。正直、立っているのがやっとである。
「ウチらさ、本業とは別でネットワークビジネスっていうのをやってんねん。誰でも気軽に始められるし、こうやってみんなで楽しくやりながらお金も稼げるっていう。最高やと思わん?」
 君はさすがにもうマルチ商法の勧誘だと気づく。
「え、それってマルチ商法......」
「ネットワークビジネスな」
「え、でもマルチ」
「ネットワークビジネスな」
 どう違うねん、と思ったが、君はモデル系白ギャルとこれからも会い続けたかった。君はその後二回ほどセミナーに参加し、どう見てもカタギではない恐い「先輩」にも引き合わされたが、君の心はそんな手順を踏まれるまでもなく決まっていた。とにかくモデル系白ギャルとの関係を続けること、君の頭にはもうほとんどそれしかなかった。そしてこのネットワークビジネスで大きな成功を収め、自立して家を出て何やかやモデル系白ギャルと付き合うことになり余暇に英会話などを学びハワイなどへ移住しそこで小説三昧の日々を送り新人賞を獲りそれがそのまま芥川賞までも獲ってしまいその後も傑作を連発し四十代でノーベル文学賞を受賞する......いろんな成功談を聞くうち、そんな野望も具体的に描けるようになってきた。そんなにうまくいくわけない、という気持ちももちろんありながら、成功談を浴びるように聞かされまくっていると、可能性は無限だという気持ちのほうが大きくなってくる。
 君は野望の実現に向けてネットワークビジネスを始める。君が売るのは「マキシマム」という健康ジュースである。とにかく覚えきれないほどいろんな栄養素が入っていて、それを朝に飲むと身体の調子がフルになるという代物。君も飲んでみるが、コンビニのちょっと高いフルーティなコールドプレスジュースみたいな感じである。まあ悪くはないしおいしいが、三百ミリリットルのボトル一本で三千円。これをわざわざ買うかというと誰が買うねんというところではあるが、君はそれを売る仕事を始める。「真の営業マン、我々の言うところの〈ゴールデン・セールスマン〉は」とどう見てもカタギではない先輩は言っていた。「ペットボトルに詰めた水道水を一万円で売る」。君はそんなことしたらアカンやろと思いながらも、その言葉に励まされていた。君が売るのは水道水ではなく、一応はおいしい、身体にもよさそうなジュースなのだから。君はかつて友達だったような気がする人たちに片っ端から連絡する。ほとんど反応はなく、会ってくれる人間もほぼいない。その結果をラインで伝えると、モデル系白ギャルは「え、何ナメたこと言うてるん笑」と返してきた。
「え、まさかそれで終わりとちゃうやんな笑 もう大人やもんな笑 自分の頭で、次どうしたらいいか考えられるやんな?笑」
 君は「もちろんです!」と返し、もう友達でも何でもなかったやつにも総攻撃を仕掛け、マッチングアプリで会うことができた女の子にも話を持ちかけ、街ですれ違う人にもとにかく声をかけてみるという決死の作戦に出た。
 そして、売れたジュースはゼロ本だった。それをラインでモデル系白ギャルに伝えると、秒で「え、ゼロとか冗談やんな笑」と返事がきた。
「本気でやってそれってありえへんからさー笑 最初の在庫もハケへん人って見たことないから笑」
 君はヤバイと思い、自分でマキシマムを買ったことにする。君は自分でマキシマムを飲みまくる。一日五本ぐらい飲む。そして頃合いを見計らって、モデル系白ギャルに「在庫なくなりました!」とラインすると、「偉い!じゃいっぺん会おうか」と言われる。モデル系白ギャルに会うと、モデル系白ギャルは可愛い笑顔で「よう頑張ったやんー! ウチ見る目あるほうやからさー、絶対できるって思っててん。な、ギューしたげよ?」と言って両手を広げる。君はそこに飛び込んでギューしてもらう。それだけで昇天してしまいそうである。君はギューのためにまた頑張る。妙なところから金を借りる。そうして君はギューと闇金のスパイラルに陥り、しまいには八百万円の借金を背負う。ある日、自宅にゴルフクラブを持ったヤバいおっさんが数人早朝からやってきて、「ゴルフしよけー‼」と叫びまくる。君は両親に事情を話し、「お金、なんとかしてもらえへんやろか!」と土下座する。父は刀を持ってきて、『るろうに剣心』の斎藤一の「牙突」のような構えをする。
「それ以上寝言ほざいたら、わかっとんな?」
 君はすべてをあきらめ、強面のゴルフおじさんたちに連行されていく。君の頭の中にはドナドナが流れている。NHK「みんなのうた」バージョンではなく、ザ・ピーナッツバージョンのエグめの歌詞で、ドナドナがずっと流れ続けている。

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【試し読み】ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言

Synopsisあらすじ

君は「ゲームブック」を知っているか――

ある世代以上の諸姉諸兄には懐かしく、ナウなヤングの目には新鮮に映るであろう一冊の本が誕生する。



2023年9月21日発売、鬼才・佐川恭一が贈る「ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言~新感覚文豪ゲームブック~」。



ゲームブックは1980年代に一世を風靡し、ファミコンの隆盛とともに衰退した。

いまさらゲームブックなんて時代錯誤だ……さて、果たしてそうであろうか?

ならば、お試しいただきたい。諸姉諸兄にも、ナウなヤングにも、ソシャゲ重課金勢にも。



――そう、主人公は、君だ!



(毎週木曜日更新)

Profile著者紹介

佐川恭一(さがわ・きょういち)

1985年、滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業。2011年「終わりなき不在」で第3回日本文学館出版大賞ノベル部門を受賞。19年「踊る阿呆」で第2回阿波しらさぎ文学賞を受賞。著書に『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』などがある。

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