2024 11/07
著者に聞く

『日本列島はすごい』/伊藤孝インタビュー

機上からの風景。東京湾から望む富士 (すべて著者撮影)

1万4千の島々が連なる日本列島は、いつ誕生し、どのような歴史を刻んできたのでしょうか。本書は、時空を超えて島国の成り立ちと形を一望し、水、火、塩、森、鉄、黄金が織りなした日本列島史を読み直しました。語り口はやさしく、幅広い読者の支持を得て、版を重ねています。『日本列島はすごい 水・森林・黄金を生んだ大地』を著した伊藤孝さんに、執筆の背景を伺いました。

――伊藤先生が、「じゃじゃ馬」「暴れ馬」と呼んで、日本列島を表現したことが印象的でした。日本列島の特徴を教えてくださいますか。

伊藤:忙しい日常生活、ほんの少しでも心に余裕がもてるとき、お茶でも飲みながら、ぜひ世界地図や地球儀をゆっくりと眺めていただきたいです。海底地形も表現されているものだと理想的です。なければ、Google Earthでもかまいません。本当に驚きなんですが、日本列島のようなところは、他にどこにもないんです。そもそも現在の地球だと、中緯度に大きな島はほとんどない。「えっ、ニュージーランドがあるじゃない」と言いたくなる気持ちはわかります。実際似ていますが、ニュージーランドは、隣の大陸との距離が大きく、それも本格的な深海で隔てられています。そして、隣の大陸であるオーストラリアは世界最小の大陸です。一方、日本列島は、バーンと東西に延びる巨大なユーラシア大陸があって、その東隣の中緯度に、つかず離れず、そっと寄り添っている。

あ、イギリスですか? 浅い海で隔てられていますが、地球科学的には一続きの大陸地殻です。それにユーラシア大陸の西の端ですね。気象学的には、大陸のどちら側に位置しているかはとても重要なんです。そして、日本列島にはプレートの沈み込み帯である海溝が、ぴったりと寄り添っていますからね。

島根県奥出雲市大原新田。砂鉄採取のための鉄穴流し(かんながし)が作った風景

――そんな日本列島に3万8千年前、人類が上陸し、生活を営んできました。天災の恐ろしさと資源の豊かさは、「すごさ」の表面と裏面のようです。この列島で生きる意味、醍醐味は何かをも再考しました。

伊藤:本のタイトルにもなっている「すごい」の意味を教えてくださったのは、編集担当の胡逸高さんです。私は30年間教壇に立っていて、ときどき説教じみたことも口にしてきました。おそらく「辞書を引くことは大切」なんて言ったこともあったでしょう。だけど自分では「すごい」の意味を引いたことはなかったんです。まさか最初に「① ぞっとするほど恐ろしく思う。たいそう気味が悪い」が出てくるとは夢にも思わなかった。二番目の「② 常識では考えられないほどの能力・力をもっている。並はずれている」の意味で、「○○はスゴい!」と口走ってきたんです。

この本では、日本列島が持つ清らかで豊富な水、豊かな土壌、さまざまな地下資源など、人間からみてポジティブな面、逆にプレートの沈み込み帯に特徴的な火山と地震などのネガティブな面、それら両方を扱っています。

本当に国語辞典的に「すごい」列島だと思います。恩恵と試練の列島。そして、その試練は並大抵なものではなく、「ぞっとするほど恐ろしい」ものです。本当に残念ながら、としかいえませんが、恩恵のみの「良いとこ取り」というわけにはいかないんです。

ある日の水戸の夕焼け。美しい景色も恩恵の一つ

――本書は深い学識のもと、日本列島にまつわる古今東西の物語を下敷きに書かれた点も好奇心をそそられました。どのように思索を深め、書き上げられたのでしょうか。

伊藤:「思索を深め」なんていわれると困っちゃうんですが(笑)。地球科学、気象学、資源地質学、それぞれの専門家が本書を手に取れば瞬時にわかりますが、どこにも「つい最近発見されました!」というピカピカの最先端科学の成果は書かれていないんです。むしろ、それぞれの分野の基礎中の基礎といえるかもしれません。

じゃあ、本書の売りはなんなのか、といわれたら、それぞれの分野の繋がりです。そもそも学問分野は人間が便宜的に決めたものですからね。その繋がりを軸にして、日本列島の成り立ち・歴史を眺めてみた、というのが本書の特徴です。そういう意味では意外なことに、「ありそうでない」本かもしれません。そして、その地球科学、気象学、資源地質学の繋がりの部分は、日本列島に暮らす我々に大きな影響を与えているし、これまでも与えてきた。日本史を織りなしてきたわけです。

なにかの専門家であるということは、たえずその専門分野の「色めがね」で眺めるということです。私でいえば、地学の眼でなんでも見ているということです。家でビールを飲みながら、楽天の試合を見ていても地学の眼からは離れられません。そして、「あれっ、これ面白いかも」と思ったら、グラスを名残惜しく一旦置いてメモに残す。通勤途中で「おやっ!?」ということがあったら、面倒がらずに、立ち止まってメモを残す。かなり不審ですが、思索を深めるといったって、せいぜいこれぐらいです。

あこがれの芭蕉さんと。岩手県平泉町中尊寺にて

――ポルトガルの海沿いをいく「まえがき」に始まり、旅先から家路へ向かう「あとがき」の景色で本書は閉じられます。伊藤先生が旅先で感じた驚きや気づきが随所にちりばめられている点も楽しいです。思い出に残る旅先はどこでしょうか。

伊藤:え、これは難しい質問です。ちょっと考えますね。うーん、世界地図や日本地図を見ちゃったりすると、ますます選べません。私は大学院時代の先輩で、将来共同研究者にもなる小室光世さんを「伊藤くんは、いつも全方位外交だなぁ……」と呆れさせた八方美人ですからねぇ。「あちらを立てればこちらが立たず」というのが、とても苦手なんです。

昔マイルス・デイヴィスがいった「最高傑作は次回作だ」を使っちゃってもいいですか。つぎの旅先こそ、自分にとってもっとも思い出に残る旅先です、と。年齢とともに興味関心も変わっていくわけですが、つぎの旅先で、心から安堵でき、美しいことと出会えたら最高ですね。

実際、旅の計画を立てているときは楽しいですが、大抵、出発の朝になると、「なんで俺はこんな計画を立てちゃったんだろう。今からキャンセルもできないしなぁ」って億劫な気持ちがむくむくと湧いてきますが、行ってみればやはり楽しいし、刺激になる。不思議ですよね。

ハラハラさせられたポルトガル、アヴェイロの植木鉢

――伊藤先生が地質学を研究テーマに選んだ理由をお聞かせください。また、長年お取り組みになる中で、「研究は面白い!」と感じるところはどこでしょうか。

伊藤:私は宮沢賢治のような「石っこ」ではなかったんです。田舎に住んでいたので、周りに石はいくらでもありましたが、とくに興味を示したということはなかったと思います。今でもコレクター気質はありません。地質学に興味をもったきっかけは、高校一年生のときの地学の授業だと思います。大学で地質学を修められた安田邦夫先生が、大陸移動説からプレートテクトニクスに至る流れを蕩々と話してくださいました。もうしびれましたね。細部と細部が繋がり、とんでもなくスケールが大きくなっていくはなし。周りがどう感じていたかわかりませんが、少なくとも私には響きました。

そして、職業として魅力があった点は、仕事の一環として、遠くに身を置くことが可能、というところです。「あとがき」にも少し書きましたが、徐々にその場所に身体が馴染んでいく感覚を味わいながら、雑事を忘れて研究に没頭できる、という点が自分にとって最大の魅力です。

――最後に、本書をこれから読む読者へのメッセージをお願いします。

伊藤:まずは、この膨大な本の海のなかから、本書を手に取っていただいたこと、心から御礼したいです。先に述べましたが、本書の売りは「地球科学、気象学、資源地質学の繋がり」のところですが、各章、独立して読めるようにも書いたつもりです。第○章と数字を振っていますが、目次のなかで一番興味を持てそうなところから読んでいただいて大丈夫です。そして、その章を読まれたあと、身の回りの景色がほんの少しでも違って見えたとすれば、これほど嬉しいことはありません。読者の皆様にほんの一瞬でも非日常を味わっていただけること、祈るのみです。

伊藤 孝(いとう・たかし)

1964年宮城県生まれ.茨城大学教育学部教授.茨城県地域気候変動適応センター運営委員.山形大学理学部地球科学科卒業,筑波大学大学院地球科学研究科博士課程修了.博士(理学).専門は,地質学,鉱床学,地学教育.NHK高校講座「地学」講師(2005-12). 共著『物質科学入門』(朝倉書店,2000),『地球全史スーパー年表』(岩波書店,2014),『海底マンガン鉱床の地球科学』(東京大学出版会、2015).共編著『変動帯の文化地質学』(京都大学学術出版会,2024).