2023 02/22
著者に聞く

【電気通信普及財団賞(テレコム人文学・社会科学賞)受賞記念】『マスメディアとは何か』/稲増一憲インタビュー

情報源が多様化する時代、岐路に立たされる従来型のマスメディア。負のイメージや批判が先行しがちなその実像に迫った『マスメディアとは何か 「影響力」の正体』が、第38回電気通信普及財団賞(テレコム人文学・社会科学賞)を受賞しました。同賞は、優れた情報通信に関する研究論文・著作に対して贈られるものです。受賞を記念して、著者の稲増一憲さんに執筆の動機や今後の研究、伝えたいメッセージなどをうかがいました。

――受賞おめでとうございます。受賞後のお気持ちをお聞かせください。

稲増:錚々たるメディア研究者の方々が過去に受賞されてきた賞ですので、受賞は心から嬉しいです。新書という幅広い読者が想定される形態の本を出版する上で、普段学会などでお会いする専門分野の近い研究者以外の方が、どのように評価してくださるかはとても気になっていましたので、賞という形での評価をいただいたことは自信につながりました。

――本書で最も伝えたかったメッセージは何だったのでしょうか。

稲増:「メディアにもそれを利用する人間にも、期待しすぎないようにしよう。でも、絶望はせずに前を向こう」ということでしょうか。マスメディアもインターネットもさまざまな問題を孕んでおり、それを利用する人間もバイアスに満ちていることを前提として受け入れた上で、より良いメディア環境の構築のために、それぞれの立場でできることを一緒に考えてほしいというメッセージを込めたつもりです。

――執筆の経緯を教えてください。

稲増:SNSでマスメディアについての意見を眺めたり、大学の授業で学生たちと接したりする中で、マスメディアに対する人々の目と、これまでの研究が明らかにしてきた内容とが随分乖離していると感じていました。そこで、ステレオタイプに基づく「マスゴミ」批判に対して冷静な議論を投げかけるような一般書、およびインターネット普及後の世界においても通用するメディア効果論の教科書があればなあ、と思っていました。ちょうどその時期に、同僚を通じて紹介された編集者の方から出版の話をいただいたので、上記の目的を兼ねた一冊を自分で書くこととなりました。

――メディア効果論を専門にしようと思ったきっかけはありましたか。

稲増:どこかの時点で主体的に専門を決定したというよりは、大学院生時代の研究プロジェクトへの参加、本の分担執筆、関西学院大学社会学部への着任など、さまざまなタイミングにおいて、自分が他者から求められていることについて考えたことをきっかけとして、自分自身の専門が固まってきたと思っています。

――誰もがスマートフォンを駆使する現代、従来のマスメディアのあり方には批判もあります。しかし同時に、ソーシャルメディアの弊害も指摘されるようになりました。我々は今後、メディアとどう付き合っていくべきでしょうか。

稲増:私たちは、対象がマスメディアであれソーシャルメディアであれ、メディアに対しては疑いの目を向ける一方で、自分自身の観点については常に正しいと思ってしまいがちです。反射的に批判する前に、「ちょっと待てよ、そう言う自分は正しいのか?」と立ち止まって確認する機会を増やすことで、情報を吟味する目が養われると思います。それにより、メディアを妄信することもなく、かといって過度に疑うこともない、ちょうど良いスタンスが取れるようになるのではないでしょうか。

――ちなみに、稲増先生はどのようなメディアを利用されていますか。

稲増:子どもが小さいので、放送時間に関係なく過去に放送された「いないいないばあっ!」(Eテレ)や「シナぷしゅ」(テレビ東京)をいつでも視聴できるWebサービスの動画が、家では常に流れています。それによって私のニュース接触が減少するという、研究者としての危機的状況に置かれているのですが(笑)、契約している新聞の電子版やスマホのニュースアプリを見てなるべく補おうとしています。ニュースアプリのほうは、疲れているとつい低俗な記事をクリックしてしまい、そのクリック行動に基づいてアルゴリズムが作用し、トップページがどんどん低俗な記事で埋まっていってしまうので、気をつけなければならないなと思っています。

――我が家も似たような状況なのでよく分かります(笑)。さて、今後はどのような研究に取り組まれるのでしょうか。

稲増:『マスメディアとは何か』の第4章で触れた、メディア利用の長期的効果の検証についての研究を行っていきたいと考えています。もはや、テレビが人々の価値観を一様に培養するという時代ではないと思いますが、異なる人々がそれぞれ異なるメディアを長期的に使い続けることにより、局所的に価値観の変化をもたらす可能性は十分に考えられると思いますので、それを検証したいのです。

――ありがとうございました。最後に、メディア効果論/社会心理学に関心のある若い読者へのコメントをお願いします。

稲増:メディア・コミュニケーションについて、取り組むべき研究課題はまだまだたくさんありますし、これらは狭い意味での社会心理学者だけの力でなんとかなるものではありません。専門分野の壁や、研究者か実務家かといった垣根を越えて、関心を持って議論に参加してくださる方が増えることを願っています。

稲増一憲(いなます・かずのり)

1981(昭和56)年東京都生まれ. 東京大学文学部卒業. 同大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学. 博士(社会心理学). 武蔵大学社会学部助教, 関西学院大学社会学部准教授を経て, 2018年より関西学院大学社会学部教授.
単著に『マスメディアとは何か』(中公新書, 2022, 第38回電気通信普及財団賞受賞), 『政治を語るフレーム』(東京大学出版会, 2015), 共著に『新版アクセス日本政治論』(平野浩・河野勝編, 日本経済評論社, 2011), 『政治のリアリティと社会心理』(池田謙一編, 木鐸社, 2007)などがある.