2020 10/26
著者に聞く

【アジア・太平洋賞特別賞受賞記念】『アジア経済とは何か』/後藤健太インタビュー

ベトナム中部のダナン市から車で2時間程行ったところにある少数民族の村にて

『アジア経済とは何か』が第32回「アジア・太平洋賞特別賞」を受賞した後藤健太さん。あらためて本書にこめた思いや、新型コロナウイルスの影響をどう見るか、等についてうかがった。

――アジア・太平洋賞特別賞の受賞おめでとうございます。受賞の報を受けての思いを教えてください。

後藤:このたびはアジア・太平洋賞特別賞という大変名誉な賞をいただくことができ、とても喜んでいます。アジアを訪れるようになって四半世紀以上が経ちますが、そのダイナミックな変容ぶりと、深堀りしていけばいくほど出てくる面白さにずっと惹かれ続けています。本書ではそうしたアジア経済に対する思いを、日本にも引き付けて結構素直に書くことができたと思っています。それがこのような形で評価されたことは、うれしい限りです。

――アジア経済のこれまでの歩み、そして現状、さらに日本の役割などが分かりやすく描かれていると感じます。本書の執筆にあたり、特に目指した点、心がけた点などありますか。

後藤:本書は、私にとって初めての単著だったのですが、同時に研究者以外の広い方々にも手に取っていただける新書という、未知の媒体でした。そこで執筆にあたっては、まずはわかりやすい言葉を選んで、伝え方を工夫するようにしました。ただし、内容について妥協はしたくなかったので、本書でカバーする範囲と深さを設定することに一番気を使いました。

また、ともすれば無味乾燥となってしまいがちな経済的なトピックに、なるべく私の現地での経験に基づいた話などを入れることで、臨場感をもたせようとしました。

――2020年は新型コロナウイルスの感染拡大が世界を大きく揺るがしました。アジア経済への影響はどのように見ていますか。

後藤:今年の1月、中国に端を発する新型コロナウイルスの感染が急速に拡大すると、武漢を中心に湖北省で大掛かりな都市封鎖が実施されました。武漢は自動車や電子・電器といったグローバル化の最先端を行く産業の主要企業の集積地であり、中国でも有数の工業都市です。こうした企業の活動が一斉に止まったことで、これらがつながるグローバル・バリューチェーン全体が機能不全に陥る事態が注目を集めました。

その後、新型コロナウイルスは中国を超えてグローバルに拡散し、3月には世界保健機関(WHO)がこのコロナ禍を「パンデミック」と宣言します。そんな中、3月末から中国での新型コロナウイルスの感染状況が一定の落ち着きを見せると、経済活動が再開されるようになりました。その頃になると、問題はもはやグローバル・バリューチェーンの分断という、ある種「ローカル」な問題ではなく、世界的な需要の落ち込みという、ひょっとすると今後数年は後を引くかもしれない真にグローバルな問題となったのだと思います。

こうしたグローバルな問題に対しては、グローバルな解決策しかありえません。国を越えたつながりを断ち切って、国境の内側に閉じこもる戦略は功を奏しないでしょう。もちろん、今回の新型コロナウイルスが明らかにしたリスクを踏まえて、コロナ以前のグローバル・バリューチェーンのあり方を見直す動きは一定程度あるでしょうし、それがアジア経済にも影響を及ぼすでしょう。しかし、これまで地域的なつながりを強めることで発展してきたアジア経済の基本的な姿は、今後も続くものと思っています。

――中国をはじめとしたアジア諸国の躍進と日本の停滞を比べると、つい弱気になってしまいますが、本書は日本の役割を前向きに捉えていますね。

後藤:本書では、アジア経済が「日本一極」時代から「アジア多極」時代へと移り変わっていく様、そしてそのなかで日本の立ち位置も大きく揺れている状況を描いています。中国をはじめとしたアジア諸国の躍進にフォーカスすれば、日本が現状を維持するだけでは「茹でガエル」となってしまうのではないかと、少し危機感をもって表現しています。しかし、日本にはまだ埋もれている可能性がたくさんあり、それをアジアとのつながりの中で発掘し磨きをかけることで、その持続的な成長に積極的な役割を果たせると思っています。

ダイナミックに展開する新しいアジア経済の時代に、日本から時代を切り拓いていくのは、比較的変化を恐れず、新しいことにもオープンな若い人たちではないかとも思っています。私は大学で、そういう高いポテンシャルを秘めた若者たちと日々交流する機会があるため、日本の今後の役割についても、より前向きなのかもしれません。

――最後に、今後取り組まれるテーマを教えてください。

後藤:本書の第5章では、インフォーマル経済や格差といった、これまで類書ではあまり扱われてこなかったアジア経済の影の側面にも光を当てようとしました。このインフォーマル経済については、その重要性が広く認識されつつも、なかなか実態の解明が進んでいない部分でもあります。アジアの多くの人たちの暮らしが依存するこのインフォーマルな世界が、グローバル化やデジタル化という世界的な潮流の中でどのように変容し、どこに向かおうとしているのか。こうした点を探るためには、地域に密着した地域研究のアプローチが重要です。もう50を過ぎて、暑いアジアを徘徊するのは体力的にきつくなっていますが、栄養ドリンクを握りしめながら頑張りたいと思います(笑)。

後藤健太(ごとう・けんた)

1969年、福岡県生まれ。1993年、慶應義塾大学商学部卒業。伊藤忠商事、国連開発計画、国際労働機関勤務を経て、2008年、関西大学経済学部に着任。14年より関西大学経済学部教授。ハーバード大学修士(公共政策)、京都大学博士(地域研究)。著書に『戦後アジアの形成と日本』(共著、2014年、中央公論新社)、『現代アジア経済論』(共編著、2018年、有斐閣)など。写真は、日本のODAで建設されたベトナム・ハノイにあるニャッタン橋(日越友好橋)を背景に。