2020 07/31
著者に聞く

『お酒の経済学』/都留康インタビュー

クラフトビール醸造所「ワイマーケットブルーイング」にて。2019年

日々の楽しみとして、また記念日の脇役としても欠かせない「お酒」。日本酒、ビールからウイスキー、焼酎、そしてサワーまでを広く経済学の視点から論じた『お酒の経済学 日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』が刊行されました。著者の都留康さんに、本書の魅力からコロナ禍の現状とお酒の関係まで、話を聞きました。

――ずばり、『お酒の経済学』の狙いは何ですか?

都留:本書の狙いは3つあります。

第1に、日本酒だけでなく、ビール、ウイスキー、焼酎、サワーの歴史と現状の全体像を描くことです。この1冊で全体を俯瞰することができます。

2つ目は、これまであまり論じられてこなかった各酒類メーカーや蔵元の戦略やイノベーションの実態を、経済学と経営学の視点を踏まえて明らかにすることです。類書はほぼないでしょう。

3つ目は、具体的事例をふんだんに盛り込み、文章の読みやすさに注力したことです。徹底してわかりやすさを追求しました。

――すでに反響が届いているそうですね?

都留:いくつかのコメントをいただきました。

ある大学の学部生300人を対象に本書の内容を講義しましたが、まだ飲酒できない20歳未満の1~2年生の学生も、講義アンケートで、経済学や経営学のテーマとして面白かったと答えてくれました。お酒を飲む・飲まないは完全に個人の自由です。強制はハラスメントです。しかし、社会に出ると何らかの形でお酒と出合うでしょう。そのときに、お酒とは何か、どういう接し方をするのが適切か、の知識を本書で身につけていただければありがたいです。

また、本書をお読みになった、IT企業の元経営者の方は、本書をお酒の本としてだけではなく、ビジネス書として読んだとSNSで発信してくださいました。お酒には電子部品などとは異なる「伝統文化的」側面があることは事実ですが、「ものづくり」産業としては、他の製造業と共通する側面も多々あります。お酒を経済的視点から眺めることが本書の目論見ですが、「ビジネス書だ」という位置づけは、著者として新鮮でした。

さらに、お酒を「生業」とされている方からも発信いただきました。ある日本酒の蔵元さんは次のように書いてくださいました。「日本酒、焼酎、ウイスキー、そしてすぐに飲めるRTD(ready to drink)まで、昭和から平成、そして令和と未来まで縦軸と横軸で分析されています(中略)日本酒に限らずお酒の世界の方は、是非読んで一緒に未来を語りましょう!」過分な褒め言葉ですが、わたしの狙いが少しは実現したかなと思います。

――「人事と組織の経済学」が専門の先生が、本書に取り組むに至った経緯を教えてください。

都留:運命です(笑)。

若い頃からお酒が好きで、日本酒や焼酎の蔵元、ビール工場、ウイスキー蒸留所などの見学によく出かけていました。行くと必ず造り手の話も聞くようにしてきました。これは「人事と組織の経済学」でも行う聞き取り調査と同じことです。

しかし、お酒の研究は、ある年齢まで「封印」してきました。本業できちんとした業績を挙げることが研究者としての義務だからです。でも、定年が近づき、本業での責務もそれなりに果たせたと思えた頃から、徐々に「封印」を解いてきました。

本業の分野での最近の著作は『製品アーキテクチャと人材マネジメント-中国・韓国との比較からみた日本』(岩波書店、2018年)です。この著作で2008年から10年間に及ぶ国際比較研究に一区切りを付けました。この研究過程で中国や韓国の企業を数多く訪問して聞き取り調査を行いました。そのときに感じたのは、中国や韓国での日本料理や日本酒の人気の高まりでした。コンビニやスーパーで日本産ビールもよくみかけました。

『製品アーキテクチャと人材マネジメント』では、製品開発の上流工程(市場のニーズを探り、製品のアイデアを出し、製品コンセプトとアーキテクチャを決める段階)と下流工程(製品の設計図を描き、試作をする段階)の組み方と、そこで働くエンジニアの人事管理の方法を分析しました。

この上流工程と下流工程という流れは、お酒の開発にも当てはまると気づきました。お酒のヒット商品である、日本酒の「獺祭」や「新政」、ビールの「スーパードライ」や「ザ・プレミアム・モルツ」、焼酎の「いいちこ」や「黒霧島」の開発過程を調べると、本質的には、製造業やソフトウェア業の開発と何ら変わりはないのです。

これから、経済学や経営学の観点からお酒を分析すると面白いのではないかと考えました。この意味でも「運命」だと思います。

――日本酒、ビール、ウイスキー、焼酎、サワーと幅広いお酒が取り上げられているのが本書の特徴です。先生が一番お好きなのは?

都留:全部好きです(笑)。

若い人と飲むときには「ものには順番があるよ」とよくいいます。

「順番」とは食前酒、食中酒、食後酒です。食前酒は何といってもビールです。かっこよくいうと「とりビー!」(福山雅治)です。ビールが苦手な方は、レモンサワーもいいですね。

食中酒は料理との「ペアリング」が大事です。刺身には何といっても日本酒です。白身の魚には冷たい日本酒が合いますが、脂ののった魚には「ぬる燗」も合います。純米吟醸酒も「冷やして飲むもの」という固定観念をもたずに、お燗にしても美味しいですよ。

食事が洋風や中華系のものになると今度は焼酎の出番です。真冬以外はだいたいロックでいただき、寒い日はお湯割にします。以前は、日本酒→焼酎だけでしたが、最近はそこにウイスキー・ハイボールも加わります。本書では取り上げることができませんでしたが、食中酒としてワインも欠かすことはできません。ただし、ワインは刺身には合いません。ワインに含まれる鉄分が「生臭さ」を発生させるという研究結果もあります。

食後酒の王道はウイスキーですね。ジャパニーズ、スコッチ、バーボン、その日の気分で決めます。あるいは、原酒を長期貯蔵した焼酎も食後酒には最適です。

酔いが回りそうなので、ここらで止めておきましょう。

――海外のお酒文化などにも触れられながら、日本の酒類のグローバル化について書かれています。日本のお酒(酒類)の魅力とはどのようなものでしょうか?

都留:多様性の魅力です。

日本の酒類のグローバル化は、海外での和食人気と手を携えて進みました。和食の完成形態は茶懐石でしょう。それは、飯、汁、向付にはじまり、煮物や焼き物を経て、菓子、濃茶、薄茶に至るフルコースです。これに合うのは日本酒です。

これは、フランス料理のフルコースにワインを合わせるのと同じ正統派です。この分野での強みは、純米吟醸酒などの高級な日本酒にあります。

しかし、日本人は毎日、茶懐石のような正統派の料理を食べているわけではありません。むしろ、かなり「雑食」系といえるでしょう。現在では、どの国でも、外国の料理を好んで食べています。中華料理やイタリアンはその典型でしょう。しかし、日本が海外と異なるのは、中華やイタリアンの要素を一食の中に取り込むところにあります。

たとえば、居酒屋で人々が宴会をする光景を思い描いてください。最初にビールで乾杯して、日本酒で刺身を愉しみ、ウイスキー・ハイボールや焼酎で餃子やピザをつまむ。健康を考えてシーザーサラダも出てきます。〆はカレーチャーハンかもしれません。このような多様性は、海外ではなかなかないと思います。

日本の酒類のグローバル化をさらに進めるためには、このような日本の食文化の「あるがままの姿」を発信することが重要です。

現在は、「新型コロナウイルス感染症」の影響でグローバル化にストップがかかっています。しかし、人類史における過去のパンデミックと同様に、人類はこの危機を克服していくと信じたいです。蒸留酒を「命の水」と呼ぶのは、大流行したペストから身を守ったからという説があります。その真偽のほどは定かではありませんが、危機を乗り越えるためには、美味しい食事とお酒で元気を維持することはとても大事でしょう。

東日本大震災のときの復興への合言葉は「絆」でした。「新型コロナウイルス感染症」のキーワードは「社会的距離」です。あたかも「絆」を断ち切ることが必要だといわれているように聞こえます。

でも、オンライン飲み会にみられるように、コミュニケーションは人間の本質です。もちろん、お酒がなくても十分にコミュニケーションは可能です。むしろ、ない方がいい場合も多いです。けれど、「ちょっと話がある」といわれたサッチャー元首相が執務室で来訪者にウイスキーを勧めるシーンがあること(映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』2011年/20世紀フォックス、ギャガ)もまた、お酒の一面ではないでしょうか。

都留 康(つる・つよし)

福岡県生まれ。1982年、一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学(経済学博士)。同年、一橋大学経済研究所講師、85年、同助教授、95年、同教授。現在、同客員教授、一橋大学名誉教授、新潟大学日本酒学センター非常勤講師。2016年に英語論文でEmerald Literati Network Awards for Excellence受賞。
著書に『労使関係のノンユニオン化―ミクロ的・制度的分析』(東洋経済新報社、2002年)、『製品アーキテクチャと人材マネジメント―中国・韓国との比較からみた日本』(岩波書店、2018年、第3回進化経済学会賞受賞)など。