2020 07/07
私の好きな中公新書3冊

科学報道のビタミンになる3冊/須田桃子

佐藤靖『科学技術の現代史 システム、リスク、イノベーション』
小泉宏之『宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来』
本川達雄『ウニはすごい バッタもすごい デザインの生物学』

専門家の知識と思考がコンパクトにまとめられた新書は、科学報道に携わる私にとって、常に補給が必要なビタミンのような存在だ。最近の興味に合致した3冊を選んだ。

『科学技術の現代史』は、第二次世界大戦以降の科学技術の進展とその構造的な変化の歴史を、主な舞台となった米国の政治や経済、社会情勢の変遷とともにマクロな視点で描き出した良書。国家がその都度、科学技術に明確な期待をもって投資し、科学技術の側もそれに応え、社会にインパクトを与えてきた流れがよく分かる。

科学技術がもたらすのは利益ばかりではない。農薬などの化学物質や原子力発電所のリスクが顕在化すると、今度はリスクを評価するための科学的知見が必要とされた。一方で、科学による評価には不確実性が伴う上、実際の規制では政治的・社会的・財政的な考慮も働く。こうした過程で、科学技術の「権威」が絶対性を失い、相対化されていったというくだりは興味深い。また、リスク対応における政治と科学の協働は、「科学的な不確実性が大きい場合」に問題になりやすい――という著者の指摘は、私たちが直面する新型コロナの対応にも通ずる。

同書の最終章で示されるように、国家が研究開発を主導し、コントロールする時代は終わりを迎えつつある。代わりに存在感を増しているのが民間企業であり、この傾向がとりわけ顕著なのが宇宙開発の分野だ。

米国の民間企業「スペースX」が有人宇宙船を打ち上げ、国際宇宙ステーションに乗員2人を送り届けることに成功したという最近のニュースは、まさに新時代を印象付けた。

『宇宙はどこまで行けるか』では、「はやぶさ」プロジェクトにも携わった気鋭の研究者が、宇宙に飛び出すためのロケットエンジンや地球を周回する人工衛星、太陽系内の小惑星や各惑星への探査機について、コスト面の課題を含め詳細に解説している。火星への有人探査、さらに太陽系の「お隣」にあるケンタウルス座アルファ星の探査は可能なのか。既存技術と近未来技術を駆使して実現性を検討するところは、S Fのような楽しさだ。スペースXをはじめ民間企業の名前も頻繁に登場し、宇宙産業の現況も概観できる。

さて、宇宙探査の目的の一つは、地球外生命の存在を探ることだ。太陽系内でも、木星や土星の衛星で見つかるのでは、と期待されている。それらは一体、どんな姿かたちをしているのだろう。

人間はどうしても、自分たちの属する脊椎動物のあり方が「主流」だと考えがちだが、『ウニはすごい バッタもすごい』を読むと、その誤解はすぐに打ち砕かれる。知られている動物種のうち、脊椎動物は全体のわずか5%以下で、大半は無脊椎動物だという。同書で紹介されているのもほとんどが後者だ。

中でも驚くのが、ウニやナマコなどの棘皮動物の体のつくりだ。脊椎動物が脳や心臓を失えば死ぬが、棘皮動物にはそうした中枢の器官がない。全く動かないか、動いてもほんの少しなので、脳から末端の筋肉に指令を出したり、酸素を素早く全身に供給したりするシステムが不要なのだ。これを著者は「地方分権型の体」と呼ぶ。

脊椎動物にとっての「常識」を軽く凌駕する動物が、地球上にすら、たくさんいる。地球外生命がどんなに奇妙な形や生態をしていようと、驚くにはあたらない。

須田桃子(すだ・ももこ)

科学ジャーナリスト。1975年千葉県生まれ。毎日新聞記者を経て2020年4月よりNewsPicks副編集長。『捏造の科学者 STAP細胞事件』(2014年)で大宅壮一ノンフィクション賞、科学ジャーナリスト大賞。2冊目の単著に『合成生物学の衝撃』(2018年)。日本の科学の凋落と背景を追った毎日新聞の長期連載「幻の科学技術立国」で取材班キャップを務めた。同連載を再構成・加筆した『誰が科学を殺すのか』(2019年)で科学ジャーナリスト賞。