2020 06/08
私の好きな中公新書3冊

「時代の鏡」としての新書/糸谷哲郎

西垣通『集合知とは何か ネット時代の「知」のゆくえ』
岡本真一郎『悪意の心理学 悪口、嘘、ヘイト・スピーチ』
佐竹靖彦『梁山泊 水滸伝・108人の豪傑たち』

筆者の職業である将棋においては、時代時代の棋譜はその時代に好まれる考え方の鏡となる。その傾向が書物にはより強く出ているように思われる。その中でも新書は、新しい書という字義通りに、今の時代を映す性質が強い。今回選んだ3冊は、現代を映す鏡となる2冊と、時代によって移り変わった書を探る1冊である。

『集合知とは何か』『悪意の心理学』の2冊は、インターネットを通じた現代社会の問題点をそれぞれ分析している。

『集合知とは何か』の表題になっている集合知とは、人々の知を「集めた」、SNSなどを介した知のことである。専門家の持つ専門知が、原発事故やcovid-19(新型コロナウイルス感染症)を取り巻く状況の中で疑いを持たれる中、集合知はその勢いを増しているように見える。果たして、集合知はどのような知になりうるのだろうか、そして、インターネット、コンピュータと人類は知の領域においてどうやって付き合っていくことになるのだろうか。

『悪意の心理学』においては、ヘイト・スピーチやデマといった悪意を伴ったコミュニケーションが俎上に載せられる。偏見や嘘はどうやって大きくなり、社会問題に発展してしまうのか。自分がそのような情報に乗せられないためにも、また発信してしまわないためにも、メカニズムを学ぶことは非常に価値あることだろう。

3冊目は『水滸伝』という百八星の豪傑たちの物語がいかにして成立し、変化していったかを分析する『梁山泊(りょうざんはく)』である。『三国志演義』『西遊記』に比べ中国三大奇書の中では最も馴染みが薄いであろう『水滸伝』だが、それに反し登場人物は最も人間的であり、現代日本の人間からすれば理解出来ないところも多いながらも成立した明の時代における中国の気風や哲学を映していると言える。過去に学び推察することは、現代における価値観の相違を超克するためにも必要なことだ。

近頃はネット上に手軽に閲覧できる情報があふれているが、自分自身の思考を練り直し時代の鏡をもってその思考を映した姿を確認するためにも、やはり本と向き合う時間が必要なのではないだろうか。

糸谷哲郎(いとだに・てつろう)

1988年生まれ、広島県出身。将棋棋士、八段。2006年、四段に昇段し、プロ棋士となる。第27期竜王戦(2014年)で森内俊之竜王に挑戦し、タイトルを奪取。20代タイトル保持者となった。現役棋士として初めて国立大学へ進学し、大阪大学文学部にて哲学・思想文化学を研究。大学院ではハイデガーおよびヒューパード・ドレイファスを研究し、修士学位を取得した。著書に『現代将棋の思想 一手損角換わり編』、『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』(戸谷洋志との共著)などがある。


写真提供:日本将棋連盟