2020 04/10
私の好きな中公新書3冊

新書という道路地図/小田島創志

宮崎かすみ『オスカー・ワイルド 「犯罪者」にして芸術家』
リチャード・ベッセル 著、大山晶 訳『ナチスの戦争 1918-1949 民族と人種の戦い』
水島治郎『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』

私は普段、現代英米演劇の研究や翻訳をしている。その作業中、なんとなく分かったつもりのままでいると、迷子になってしまうことがあり、そんなとき新書という「道路地図」のお世話になることが多い。もっとも、迷子になったつもりではなかったのに、新書を読んで「自分は迷子だった」と分かるときもあるが。

以前、オスカー・ワイルドを扱った現代戯曲について論文の構想を立てた。同じ「世紀末」だったからか、1980~90年代には、ワイルドやその周辺人物を描いた戯曲がいくつか書かれたのである。ワイルドの生涯、そういえば知らないこともあるよな......と思っていたなかで出会ったのが、『オスカー・ワイルド』。宮崎は19世紀末における性科学や変質論といった言説、さらに当時のイギリス社会を取り巻くホモフォビア(同性愛嫌悪)を背景に据え、稀代の芸術家にして同性愛者ワイルドの生涯をきめ細かに辿る。数々の著名人との交流、妻や恋人、友人たちとの関係性、主要作品に込められた同性愛のテーマなどが紐とかれるうちに、読者はこの本自体が一つの良質な物語として読めるということに気づく。それだけワイルドの生涯は、本人が言っていたように「芸術的」であり、その芸術性を明晰な文章で縁取った著者には頭が下がる。

私の演劇翻訳1作目は『受取人不明』という、ナチスの台頭するドイツとアメリカで手紙のやりとりをする話だったが、『ナチスの戦争 1918-1949』は、作品の歴史的背景を理解する上で大変助けになった。本書は「人種戦争」を切り口に、再武装の経緯、世界大戦の経過から余波までを記述しており、微に入り細を穿つ語りが大きな魅力だ。とはいえ、人々がナチスに傾倒していく様相や、経済政策とイデオロギーの関連性をクリアにしながら話を進めているために、読んでいて因果関係の迷路に入り込むことがない。

「ポピュリズム」という言葉の意味をあらためて考えたくなり手にとったのが、3冊目にあげた『ポピュリズムとは何か』。 民主主義の味方と敵、2つの顔を持つポピュリズムの実態を解きほぐした力作だ。反移民、反エリートといった特徴を軸に、世界各国の事例が取り上げられており、ミュージカルファンにとっては、『エビータ』でおなじみペロン夫妻が登場するのも嬉しい。演劇とのかかわりで言うともう一つ、ベルギーのポピュリズム政党VB(フラームス・ベラング)が繰り広げた、公共劇場に対する批判が紹介されている。税金が投入された公共劇場なんだから地元文化を称揚する芝居をやれ、「大衆受け」しない芝居は控えろ、というVBの主張には、反エリートを標榜するポピュリズムの性格が明瞭に現れている。「大衆受け」とは何なのか、劇場は社会とどうかかわるべきなのか。分かったつもりになっていたが、あらためて考えると、答えは簡単に見つからない。ポピュリズムという言葉を掘り下げたくて読み始めた私に、本書は演劇の大切な問題へアクセスする道筋をつけてくれた。

新書を読むと、「こんな脇道あったんだ」と気づく。逆に「やばい、幹線道路なのに知らなかった」と冷や汗をかくこともある。まさに「新書」を買って読んだおかげで、人前で「失笑」を買わずに済んだ......というダジャレ自体が失笑を買い心証が悪くなりそうだが......

小田島創志(おだしま・そうし)

1991年東京生まれ。東京大学大学院在籍。お茶の水女子大学、東京藝術大学、明治薬科大学非常勤講師。専門はハロルド・ピンター、トム・ストッパード、デイヴィッド・ヘアを中心とした現代イギリス演劇研究。
翻訳戯曲にクレスマン・テイラー作/フランク・ダンロップ脚色『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』(2018年9月赤坂RED/THEATER)、ラジヴ・ジョセフ『タージマハルの衛兵』(2019年12月新国立劇場)、ダイアナ・ンナカ・アトゥオナ『リベリアン・ガール』(2019年12月東京芸術劇場)ほか